ペルー高地の奥深く、アイマラ族のコミュニティによる農業の生物多様性を回復・保全する取り組み
未来に種をまく
2025年7月23日
ペルー南東部、チチカカ湖の西岸、プーノ県の標高3,800メートル以上のボリビア国境近くに位置するアコラ地区クルタ村。この地域には先住民族であるアイマラ族が暮らしています。ここでは、パスクアラ・パリさん率いる「スーマク・チュイマ組合」のメンバーが、気候変動による影響に立ち向かう取り組みを進めています。組織化と革新的ソリューションの導入により、農業の生物多様性を回復・保全するとともに、生計も向上させてきました。
「今年は雨と霜で作物が全滅でした。その上干ばつが襲い、すべて失いました。」 — スーマク・チュイマ組合リーダー、パスクアラ・パリ
気候危機による降水量の極端な変動は、この地域の農業と先住民コミュニティの生計に深刻な影響を与えています。2024年、ペルー国立気象局の記録によれば、チチカカ湖の水位は 42cm も低下しました。干ばつの影響は、穀物の播種、家畜の飼料生産、水の供給にまで及んでいます。パスクアラさんはこう振り返ります。
「昔とは、気候が大きく変わってしまった。湧水が満ち溢れることはなくなり、水が減ってしまった。」
パスクアラさんだけでなく、地域の他のアイマラ族のリーダーたちも、これまで通りの生活が送れなくなるのでは、と将来を深く憂慮しています。
国内消費される食糧の70%が小規模農家によって供給されているペルーは、農業生物多様性に恵まれた国です。一方で、脆弱な高地の先住民コミュニティを中心に、深刻な農業危機に直面し、経済や食糧安全保障に重大な影響を及ぼしています。国立防災センター(CENEPRED)によると、プーノ地域は霜害リスクが最も高く、約100万ヘクタールの農地が非常に高いリスクにさらされています。
「作物が絶滅の危機に瀕していることもありました。でも今ではまた収穫することができ、危機的状況を改善しつつあります。」 — エイルマス・カルマス組合リーダー、ファニー・ニナラキ
記憶と共に蒔く種
この状況を変えるべく、パスクアラさんやファニーさんが率いる組織では、農業生物多様性を守り将来の食糧を確保するために、種子バンクの設立などの取り組みを展開しています。
国連食糧農業機関(FAO)によると、ペルーでは1,760万人が中程度〜深刻な食糧不安に直面しており、種子バンクのような取り組みは非常に重要です。そこでは、在来種や伝統的な穀物・イモ類の種子が将来に向けて保管され、家族単位またはコミュニティ単位で管理されます。
「私は私の小さな種子バンクをもてて嬉しいです。カニワ(キヌアの仲間)、ジャガイモ、オカ(伝統芋)……いまは黒・赤・白のキヌアもあります。これらの種をきちんと蓄え、市場で販売することで経済的にも支えられています。」 — パスクアラ
こういった種子バンクは、市場圧力や気候変動で失われた古来の種子を回復する手助けともなり、またコミュニティ内外での種子取引も可能にします。
「種子の物々交換があります。他の地域にはない品種を私が持っていて、別の農家さんがこちらに無い品種を持っていれば、交換して増やします。 また、貸出も行います。ある人がある種類の種子が今年必要で種子バンクから借りたら、来年利息分の分量を追加して種子を返済するのです。」 — ファニー(エイルマス・カルマス種子バンク担当)
「今では、雨や湧水がなくても水を集めて灌漑する方法を学び、祖父母の時代の種子を回復しています。」 — パスクアラ
アコラ地区では、6種類(125品種)の在来作物が1,250ヘクタール以上の土地で回復・保全されています。パスクアラやファニーといった女性たちが担い手となり、地域を支える種子の守り手として重要な役割を果たしています。
イノベーションによる保全活動
こういったアコラでのイニシアチブは現在、11のコミュニティ組織により推進されています。農村教育・革新研究所(Juli)が技術的サポート提供しつつ、住民たちとの参加型アプローチで診断ツールを開発し、ランドスケープ全体のレジリエンス強化のための戦略を構築しています。
これらの活動は、地球環境ファシリティ(GEF)小規模助成プログラム(SGP)の枠組みで、環境省(MINAM)が主導し、「Satoyama イニシアチブ推進プログラム(COMDEKS)」からの資金提供でUNDPの技術支援も受けつつ受けています。UNDPペルー副常駐代表のハビエル・エルナンデス氏はこう述べています。
「農業生物多様性の保全と回復の鍵は、協力体制にあります。特に、女性のエンパワメントへの支援が重要で、私たちはMINAMとともに、これらの取り組みを支え、さらなる普及・スケールアップをしてゆきます。これらの活動経験は、ランドスケープのレジリエンス、コミュニティのリーダーシップ、そしてイノベーションのなせる技の模範を提供してくれます。」
農業生物多様性の回復・保全には水が不可欠であるため、現地組織は乾季でも降雨に頼らず畑へ水やりできる散水設備など、より技術的な灌漑法も導入しています。
いのちの守り手たち
「私は他を率い、自分が学んできたことを伝授することができるようになったと実感しています。父、そしてその前は祖父母から教わってきたことに誇りを持っています。これからは他の女性たちに、他人の意見に気後れせず、私がそうしたように自信をもって主体的に進むよう伝えたいと思っています。」 — パスクアラ
アコラでこれらの活動をリードする女性たちにとって、この道は決して楽ではなく、今日でもまだ、若い女性であることで数々の壁に直面しています。 「若くまた女性であるというだけで、いつも誰かが進歩を邪魔しようとします……私はコミュニティ種子バンクを任されて今1年になりますが、以前は種子についてほとんど知識がありませんでした。両親が農家でも、種の名前や種類は知らなかったのです。それでも今はいろいろな品種を学びました。」 — ファニー
組織やコミュニティとともに、この女性たちは未来への希望を胸に、家族のためにも土地と生物多様性を守る活動に取り組んでいます。 農業生物多様性が脅かされている世界で、これらの農村コミュニティによる活動は、種を守ることは命と文化、そして持続可能な未来への希望を守ることであると教えてくれます。
自然と調和する社会へ
「SATOYAMAイニシアティブ」の旗艦プログラムとして2011年に開始された「SATOYAMAイニシアティブ推進プログラム(COMDEKS)」は、地域コミュニティと共に、彼らの生活や伝統文化が依存する自然資源の持続可能な利用を促進する国際的な取り組みです。SGPを通し、コミュニティに小規模資金提供を実施し、暮らしの質向上、生物多様性保全、気候変動対策、回復力強化、文化と伝統の継承に貢献します。2022年より始まったCOMDEKSフェーズ4の活動は、日本の環境省と経団連自然保護基金の支援を受け、SGPを通じて世界各地で展開されています。