自然との共生

持続可能な開発への礎

2025年5月22日
コロンビア・チンガサ国立公園

コロンビア・チンガサ国立公園

Photo: Midori Paxton

標高3,500メートルを超えるチンガサ国立公園の登山道を、霧と雨と風の中薄い酸素に息を切らしつつ歩みを進めていると、あたかも自分が異世界に迷い込んだような感覚をおぼえます。しかし、この「異世界」は約800万人もの人々が暮らすコロンビアの首都ボゴタから車でわずか2時間足らずの場所なのです。

パラモとは、ベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルーのアンデス山脈およびコスタリカの一部に広がる、熱帯高山性の湿地帯です(森林限界と永久雪線の間、標高約3,000~5,000メートルに位置)。地球上の陸地のわずか0.02%にしか及ばないこの土地には、驚異的な生物多様性を有する生態系が存在すると同時に、同水系に暮らす人々の生活を支え、清潔な水を供給し、気候変動対策にも貢献しています。コロンビアのパラモでは、3,500種以上の植物種が確認されており、巨大なロゼット植物、灌木、草類などうち、約60%は、地球上の他のどこにも存在しない固有種です。

Foggy hillside covered with vegetation and rocky terrain in a mountainous landscape.

コロンビア・チンガサ国立公園 

Photo: Midori Paxton

この生物多様性の豊かさは、自然が創りあげた多種多様で魅惑的な植生が織り広げる緻密な絨毯を前にすると一目瞭然です。

パラモは世界中から旅行者を惹きつける魅力的な場所であるだけでなく、ボゴタの人々の生活の質にとっても不可欠です。チンガサ国立公園は、首都ボゴタの水供給源の70%を担っており、同市の経済活動や日常生活、さらには鉱業、農業、飲料産業といった経済活動の基盤でもあります。このように、私たちが地球上の手つかずの自然に依存している事例は、想像以上に多く、世界の105大都市のうち33都市が、飲料水の重要な供給源として自然保護区に直接依存しています。

UNDPは、コロンビア政府との協力のもと、地球環境ファシリティ(GEF)の資金により「生命のためのパラモ・プロジェクト(Páramos for Life Project)」を実施しています。5年間におよぶこのプロジェクトでは、保全に関するガバナンス体制の強化、生態系サービスの向上、環境保全と両立する人間活動への移行支援などを通じ、この重要な生態系の保護を目指します。

25万ヘクタールを超えるこの生物多様性ホットスポットを守り、持続可能な形でで管理することは、そこからの水資源に依存しているコロンビアの約2,000万の人々にとって極めて重要です。同時に、ネイチャーポジティブに向けた幅広い能力強化と地域参加、就業機会の創出と農村からの人口流出の抑制策の構築を通じ、その多くがパラモで農業を営んでいる76,000人以上のコロンビア人の生活の質向上にもつながります。

さらにこの取り組みは、UNDPの生物多様性金融イニシアチブ(BIOFIN)によるコロンビアでの活動により補完されてます。国立農業開発銀行(FINAGRO)により発行される農業債権の「グリーン化」など、生物多様性保全に向けた様々な金融インセンティブの開発が模索されています。こういった金融施策は、畜産農家を含む農業従事者のより持続可能な農業手法への移行を促すことが期待されます。

Green hummingbird with a bright red crown perched on a small branch.

ニジイロコバシハチドリ — パラモに生息する、壮麗かつユニークなハチドリの一種

Photo: Adriana Dinu

自然との調和 

「持続可能な開発のための自然との調和」が、5月22日「国際生物多様性の日」の今年のテーマです。パラモを訪れ、その生態系が周囲の地域社会や都市における人間生活の健全な営みに与える直接的な影響を理解し実感すると、自然を正しく活用し、調和の上での共生がもたらす大きな可能性を感じることができます。

チンガサは、私たちの生存や暮らしが自然との共生関係に大きく依存していることを再認識させてくれます。自然は人間がいなくても何らかの形で存続していくでしょう、しかし、人間は自然なしには生きていけないのです。

A black bear sitting among tall grasses and shrubs in a natural landscape.

アンデス山脈とパラモはメガネグマの生息地

Photo: Adriana Dinu

自然を再考する:新時代の人間開発

私たちは「自然」についての考え方を、根本的に見直す必要があります——自然の価値をどう評価し、そして自然を害する人間活動から、自然回復に向けた活動へいかに移行できるかが、新たな時代の人類の繁栄に向けた鍵になりえます。UNDPはネイチャー・プレッジ(自然のための誓約)のもと、自然を持続可能な開発の中心に据え、170の国々への支援を行っています。2026年に発表される次の人間開発報告書では、人間と自然の関係性が深く掘り下げられ、人間開発という概念が、初めて地球環境システム全体に完全に組み込まれた形で語られます。

私たちは、人類と自然がともに未来へ向かって繁栄するための道は、ただ一つしかないという事実を受け入れなければなりません。持続可能な開発への道のりは、森林、湿地、パラモ、海や山々を通り、そしてあらゆる生命の営みの中にあります。「国際生物多様性の日」にあたり、私たちは自らを自然から切り離された存在ではなく、自然の一部として認識し、新たな持続可能な開発の時代への一歩を踏み出しましょう。なぜなら、私たちは自然そのものだからです。

この基本認識の共有が、私たちの政策、経済、そして日々の意思決定をより良い方向に導いてくれるでしょう。そして、それは私たちがどのように投資し、どのように統治し、どのように未来を思い描くかにおいて、これまで以上に重要な要因となるはずです。

私たちは、このビジョンの実現に向け、世界中の国々、地域社会、先住民族、そしてパートナーたちと共に歩んでいます。人間活動と健全な地球環境が対立するのではなく、互いに支え合い、調和する世界を、共に築こうとしています。

今からわずか5年後の2030年、持続可能な開発目標(SDGs)と昆明・モントリオール生物多様性枠組の進捗を評価するため、世界は再び集まります。 そのとき、私たちはどんな物語を語ることができるでしょうか?

私たちは、ボゴタに住む800万人とその周辺地域の人々に、重要な水資源やその他の生態系サービスを提供し続けるため、どのようにコロンビアのパラモが守られているかという物語を語ることになるでしょう。

そして私たちは、このパラモの物語が、人類にとっての自然の価値を私たちがいかに見直し始めたのかを語る、数え切れないほどの物語のうちのひとつになることを願っています。私たちが、搾取ではなく調和を、劣化ではなく再生を、分断ではなく連携を、そして自然破壊ではなく自然再興を選択したという物語です。