日本のSATOYAMAから学ぶ

COMDEKSフェーズ4視察団による静岡県の里山訪問

2025年6月16日
Man in a black jacket holding a plant, surrounded by green crops and a natural setting.

案内してくださった地元のワサビ農家、西島正貴さん。西島さんが育てるわさびは国内だけではなく海外にも輸出されています

Photo: S. Ali

自然と調和して生きる社会──これをテーマに、2025年4月、国連開発計画(UNDP)小規模助成プログラム(Small Grants Programme:SGP)関係者たちが、静岡県の里山を視察しました。この視察は、前日に東京で開催された「SATOYAMAイニシアティブ推進プログラム(COMDEKS)」に関するセミナーに合わせて実施されたものです。

このセミナーのために訪日したカメルーン、トルコ、コスタリカのSGPナショナル・コーディネーター、及びUNDPニューヨーク本部と駐日代表事務所のCOMDEKS担当者、そして国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)の専門家たちが集まり、共に日本の里山の歴史や経験を共有し、日本の生産的ランドスケープにおける環境保全や生物多様性管理の取り組みについて学びました。

Lush green tea plantations with rolling hills and a misty background.

美しい茶畑の風景

Photo: S. Ali

最初の訪問先は、静岡市有東木(うとうぎ)地区にある伝統的なわさび生産地でした。この地域は、和食に欠かせないわさびの栽培が400年以上前に始まった、わさび栽培発祥の地であり、世界農業遺産(GIAHS)にも認定されています。 

案内して下さった静岡県庁の方々や地元のわさび農家さんによると、伝統的なわさび栽培は主に山間部に集中しており、周囲の山々から湧き出る清らかな流水に依存しています。自然の渓流に沿って造られた石畳式のわさび田では、化学的な投入物はほとんど必要なく、青々とした丘陵地に広がる美しい景観を形成するだけでなく、多様な生物が生息する豊かな生態系を生み出します。この環境は多くの水生生物にとって理想的な餌場・繁殖地となり、結果として鳥や小動物も引き寄せられるのです。

Group of people walking through lush green fields with hills in the background.

茶摘みの季節真っ只中のお茶畑の中で、静岡県庁スタッフによる茶草場農法の説明を受けるCOMDEKSチーム

Photo: S. Ali

視察団はまた、やはり同じくGIAHS認定を受けている掛川市の日本茶畑も訪れました。掛川は日本有数のお茶の生産地であり、150年以上の歴史を持つ「茶草場(ちゃぐさば)農法」が現在も受け継がれています。この農法では、茶畑の周囲に草地を残して“野生”の状態に保つことから、そこに生きる動植物の生息地が自然と確保されています。この「茶草場」で刈り取られた草は堆肥や天然の肥料としてお茶づくりに活かされます。

Two trays with small bowls of green tea and tea leaves on a wooden table.

緑茶のさまざまな楽しみ方を体験

Photo: S. Ali

UNDPとUNU-IASの視察団はまた、茶畑に隣接する製茶工場も見学させていただき、加工方法の違いによって緑茶の風味や価値が変わることも学びました。地元の農家さん、行政、その他多くの関係者の方々がここでも協力して、茶畑の周囲に確保された茶草場の面積に応じて茶葉の等級を認定する独自の認証制度を設けるなど、「茶草場農法」で生産されるお茶に付加価値をつける努力をしています。

わさびの栽培地と同様に、茶畑の景観も非常に美しく、自然環境と調和した農法を守りつつ、多くの観光客を惹きつけており、地域の文化的・レクリエーション的・経済的な価値を高める要因となっています。

A group of people walking on a wooden walkway through tall grass and reeds, with hills in the background.

「あさはたグリーンパーク」の視察

Photo: S. Ali

視察の最後の訪問地は、静岡県を流れる巴川沿いに広がる200ヘクタールの麻機遊水地の中心にある「あさはた緑地」でした。ここは、環境省が「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に基づき、2030年までに陸域・海域の少なくとも30%を保全するという目標達成の一環として導入した「自然共生サイト」認証制度に登録されています。

A diverse group of ten people stands together, smiling in front of a wooden sign.

あさはたグリーンパークの木下聡所長(中央黄色のポロシャツ姿)を囲んで

Photo: S. Ali

あさはた緑地は、官民と市民社会組織のパートナーシップによって、洪水多発地域での防災・減災機能だけではなく、地域の生物多様性や生態系の保全、環境教育、住民福祉を統合的に推進するためのコミュニティスペースとして整備されました。洪水時には一時的に立ち入りできなくなりますが、水が引いた後に清掃を行い、再び開放されます。

この取り組みは、自然の気象サイクルや環境プロセスと共生しながら、自然環境を保全しつつ地域住民に恩恵をもたらす、地域主導の模範的な事例として注目されています。

Three people stand near a landmark in a lush outdoor setting, smiling at the camera.

「わさび発祥の地」に立つ3人のSGPナショナル・コーディネーター(左から:アリアナ(コスタリカ)、エメ(カメルーン)、ゴクメン(トルコ))

Photo: S. Ali

訪問したすべての地域で、UNDP・SGPのコーディネーターたちは、地元の人々の情熱と知恵、そして自然・文化遺産・人々の福祉が尊重される美しく生産的なランドスケープを守り、付加価値をつけ、また世界に発信しようとする地元の人々の取り組みに深く感銘を受けました。

「今回の日本の里山視察を通じて、農地を持続可能に管理することの利点や、地域の伝統を守り育てることは、ここでも大変重要であることを深く実感できました。それが実現できるのは、地元コミュニティの人々の献身があってこそです」との感想を述べたのは、カメルーンのSGPナショナル・コーディネーターのエメ・カムガ。

トルコのSGPナショナル・コーディネーターであるゴクメン・アルグンは、「SATOYAMAイニシアティブ」を推進するCOMDEKSプログラムの核心にある保全理念は、地元コミュニティとあらゆるステークホルダーが積極的に関与し、自然の生態系とランドスケープを保全しつつ、人間活動の生産性と社会経済的な利益も確保・促進することにあります。日本や自国をはじめ、世界各地でこのアプローチがどのように実践されているかを学ぶ素晴らしい機会でした」と、強調し、「自然と土地の価値、地域社会とのつながり、そして地元産品の重要性が、里山の現場では明確に示されており、自然保護と持続可能な生産が両立可能であることが再確認できました。」と述べています。

Group of people posing in front of a sign, smiling with a scenic background.

掛川の世界農業遺産(GIAHS)にて、地元の茶畑風景の案内や試飲をさせてくださった農家さんたちと

Photo: S. Ali

また、コスタリカのSGPナショナル・コーディネーターであるアリアナ・アラウホ・レセンテラにとっても、この視察は、世界的にも有名な日本のわさびやお茶がいかに自然と調和しつつ生産されているかを理解する貴重な機会となり、「これらの生産プロセスは、私たちの国にとっても多くの教訓を与えてくれます。自然生態系を尊重・保護し、先祖代々の知恵を継承しながら、現代的な手法も取り入れて地域コミュニティの経済的・環境的レジリエンスを高めることが可能であるということを、日本の実例で目の当たりにすることができました。」と述べています。

彼女は、COMDEKSを通じてコスタリカで行っている取り組みが、世界の他の地域と深くつながっていることを再確認したと言います。「これは、地域コミュニティの取り組みが、世界に影響を与えることが本当に可能であるという証です。」

自然と調和する社会

2011年にSATOYAMAイニシアティブの旗艦プログラムとして立ち上げられたCOMDEKS(SATOYAMAイニシアティブ推進プログラム)は、人々の生計や文化的遺産が自然資源に依存する地域コミュニティと共に、社会生態学的生産ランドスケープおよびシースケープ(SEPLS)における自然資源や生物多様性の持続的保全や利用を促進することを目的とした国際的な取り組みです。

このプログラムは、UNDPが実施するSGP(小規模助成プログラム)を通じて、小規模助成資金の提供と能力育成や知識共有の機会提供により、地域コミュニティ、先住民族、市民社会による地域主導のプロジェクト実施をサポートしています。これにより、人々の生計と福祉の向上、生物多様性の保全、気候変動への対応、レジリエンスの強化、地域文化や伝統の保全が図られています。

2022年に開始されたCOMDEKSフェーズ4は、環境省(日本)および経団連自然保護基金の資金提供を受け、UNDP・SGPにより世界15か国で実施されています。