法医学の最前線: 犯罪現場捜査をリードするウクライナの女性たち

国際協力によりウクライナ国家警察の法医学分野の専門知識を向上

2023年12月20日

写真左から:オクサナ・ザポロジチェンコさん、カタリーナ・オニペンコさん

Photo:UNDP Ukraine / Andrii Krepkych

ロシアのウクライナ侵攻は、甚大な苦しみと恐ろしい人権侵害を引き起こしています。残虐な戦争犯罪と国際人道法の大規模な違反によって、人々の基本的な権利が脅かされています。ウクライナへの全面的な侵攻は、何百万人もの市民に影響を及ぼし、大規模な破壊、住居や 町全体の破壊、エネルギーや社会インフラへの被害、強制移住、人命の損失や紛争に関連した性的暴力の被害をもたらしました。

このような悲惨な状況下で、人権の遵守と法の支配は深刻な影響を受け、損なわれています。ウクライナの戦争という文脈において、国家的の司法機関は、革新的な解決策とアプローチを要するプレッシャーの高まりと前例のない困難に直面しています。UNDPウクライナと日本政府は、戦争によって引き起こされた多次元的な課題に対処する能力を強化するため、ウクライナ国家警察に包括的な支援を提供しています。

この支援は、戦争犯罪を適切に捜査し、戦争被害者に支援を提供するための法医学システムの専門知識と技術的能力を強化することに重点を置いています。

2023年7月と10月には、日本政府はウクライナ国家警察の法医学部門の研修視察を受け入れ、先進的な捜査手法や実践方法を共有しました。

写真左から:カタリーナ・オニペンコさん、オクサナ・ザポロジチェンコさん

Photo: UNDP Ukraine / Andrii Krepkykh

私たちは今回、日本への研修視察に参加したドネツク州国家警察本局捜査部法医学支援部長のカタリーナ・オニペンコ警察中佐とヘルソン州国家警察本局捜査部法医学支援部長のオクサナ・ザポロジチェンコ警察中佐に、このイニシアティブに関する生の知見や感想を伺いました。

カタリーナ・オニペンコさん

Photo: UNDP Ukraine / Andrii Krepkykh

法医学捜査の困難とユニークさ 

「私は17年前に警察官になりました」とカタリーナさんは振り返ります。「学校を卒業する前から、法律や法学を学んでその分野の仕事に従事したいと考えていました。しかし、どの専門分野を選ぶか迷っていました。そこで、私は一般法コースを選択し、警察官を養成する大学で学びました。在学中は、公証人役場や弁護士事務所でインターンシップを経験しました。その後、警察で働きたいと思うようになり、3カ月間、警察でインターンシップをすることにしました。それ以来、私はウクライナ国家警察で勤務しています。捜査官を務めた後、7年前に捜査部法医学支援課が新設されたのを機に部長職に就きました。そのころには、法医学捜査について勉強し、学んだことを仕事に活かしていました。」

カタリーナさんはドネツク州で長年働いており、武力紛争が始まった2014年には同州のマリウポリにいました。

「恐怖を感じたか?もちろん、おそらく30分くらいは恐怖を感じていました。しかしその後、私は気持ちを引き締めました。職業経験も人生経験もあったので、気持ちを強く持って任務を遂行することができました。しかし、もちろん怖かったです。2014年と2015年…その間ずっと、私は自分自身のためではなく、私たちがサービスを提供する人々のために恐怖を感じていました。尊厳をもって奉仕し、最高のレベルで業務を遂行するという責任のために、そして、助けを求めて私たちを見つめる人々のために、私は恐怖を感じていました。2015 年に私の生まれ故郷であるマリウポリで恐ろしい出来事が起きた際、私は任務に就いていて、その日のことを鮮明に覚えています。35名の市民が殺され、身元確認が必要な遺体をあれほど多く見たのはその日が初めてでした。地域の市場が攻撃されたのは日曜日の午前10時でした。こんな恐ろしい出来事を、15歳の少女や、愛する人を捜しているご両親にどう説明すればいいのでしょうか?私たちは自分の職務を果たすと同時に、絶望の淵にいる人々に慰めを与えなければなりませんでした。」

オクサナさんは1999年から警察に勤務し、捜査官としてさまざまな役職を歴任してきました。彼女は2017年に捜査官として鑑識課に加わり、2020年には部長職に就任しました。「私たちの主な仕事は、犯罪を記録するために捜査官を支援することです。犯罪の痕跡を詳細に記録し、識別し、調査結果を文書化します。私たちの目的は、犯罪の証拠と犯人の詳細な情報を適切に保存することです。私たちは現場を入念に調査し、犯罪やその犯人に関連する痕跡や物を特定し文書化し、その後取り除きます」と彼女は説明します。

カタリーナさんはさらに、法医学捜査官という職業は、警察システム全体の中でも最も興味深く、やりがいのあるもののひとつであると付け加えた。「新たな事件が起こるたびに、新たなアプローチと知識、そして細心の注意を必要とする新しい挑戦が待ち受けています。その困難さは、再現不可能な捜査現場の重要性にあります。一度現場を離れれば、それを再現することも初期状態に戻すことも不可能なため鑑識中に必要な法医学的情報を引き出すことが不可欠なのです」と彼女は言います。

カタリーナさんとオクサナさんは、この仕事には集中力、注意力と完全な協調性が求められると語りました。法医学グループが最前線で活動する場合、安全上の理由から時間が制限されます。そうでなければ、作業は必要なだけ継続されます。「複数の法医学グループが交代しながら、48時間近くかけて現場を捜査したこともあります。ケースはそれぞれ異なります。1名の科学捜査官が現場検証を担当することもあります。より複雑な事件の場合は、移動ラボを備えた法医学グループが派遣されます」とカタリーナさんは述べました。

「チームで仕事をする場合、責任は分担され、業務は調整されます。責任分担は毎回異なります。この業務は決して定型的なものではないのです」と彼女は付け加えました。

2022年2月24日以降の生活と任務 

本格的な戦争が始まったとき、オクサナさんはヘルソンのドニプロ川左岸にいました。彼女は奉仕活動を続けるために、家族と別れ、右岸に移らなければなりませんでした。「戦争が始まる前、ヘルソンからミコライウへの道は通常、直通で最大40分かかっていました。しかし、戦争中はまっすぐな道を通ることができなくなり、その代わりに畑の中を通らなければならなくなりました。今では、ヘルソンからミコライウへの移動は、隙間風が入り込む貨物用乗合バスで6時間近くかかるようになりました」とオクサナさんは言います。「ヘルソン地域の解放期間中、私と私のチームは常に調査や文書作成に携わってきました」

本格的な戦争が始まってからも、カタリーナさんはドネツク地域で任務を続けました。「私と私のチームは、調査のために前線に行くことがよくあります。通常、捜査に使える時間は2時間あるかないかです。継続的な砲撃のため、事件現場を調査できないこともあります。また、ドネツク州の占領が終わったばかりの地域で調査をしなければならなくなったときにも、新たな困難が生じました。そこでは集団墓地と個人墓地が発見され、約300体の遺体を掘り出して身元を確認する必要がありました。このようなことはこれまで経験したことがありませんでした」

日本への研修前のウクライナの法医学捜査官たち

Photo: UNDP Ukraine / Andrii Krepkykh

オクサナさんと彼女のチームは、占領が終わった地域での戦争犯罪の調査にも携わりました。「7月に、私たちはヘルソン地域、特にボリスラフ地区の非占領地域のごく一部で活動を開始しました。戦争犯罪を記録し、砲弾が命中した場所を記録し、人々が殺された場所を調査し、死者を掘り起こし、拷問部屋を調べ、人々が拘留された場所を精査しました。目的は、戦争犯罪を行った責任者が確実に責任を問われるようにすることです」

国際的な洞察:ウクライナ警察による日本への知的交流訪問 

「私たちは既に他の国々と知的交流を行なってきましたが、それらの国々は私たち同様の経験をしたことがありません。日本は、2011年の大地震と津波による大惨事の後、集団検視の経験がある国です。そのため、日本の同僚たちから学ぶことができるこの研修に非常に興味を持ちました」とカタリーナさんは言います。「例えば、私は日本の法医学捜査官について、その役割や採用している手法について何も知りませんでした。日本は非常に発展した国です。私たちは革新的な道具や手法を用いてはいますが、痕跡を検出するためには、磁気ブラシやテレスコピックパウダーといった伝統的な方法に頼っています。対し、日本ではさまざまなスキャナーが使用されています。私は、日本で特定の痕跡、特に生物由来の痕跡を検出するために採用されている技術や、結果を解析して取得するプロセスについて興味がありました。それぞれの痕跡の重要性や潜在的な用途、そして関連する研究を理解することは必要不可欠です」

日本での研修に参加したウクライナの法医学捜査官たち

Photo: UNDP Tokyo / Hideyuki Mohri

訪日後、オクサナさんは福島の大災害に多くの関心が払われた研修が、彼女にとって特に興味深いものだったと語りました。「私の故郷でも同様のことが起こりました。訪日前の夏、カホフカダムの破壊によって洪水が起きたのです。日本も洪水に見舞われましたが、それは地震によるもので、私たちの洪水は戦争によるものでした。例えば、洪水はヘルソン地域に大きな影響を与えました。多くの洪水が発生してしまった左岸に自宅もあったため、私にとっては非常に辛い話題です。人々は苦しみ、多くが亡くなり、家やインフラが破壊されました」と彼女は説明します。

日本での研修に参加したオクサナさん

Photo: Oksana Zaporozhchenko

「訪問中、私たちがウクライナで行なっていることや、福島の町や県が大洪水から復興している間に彼らが行なっていたことなど、私たちの経験や仕事のスキルを共有しました。日本では、私たちがこのような状況でいかに働き、生活しているのかとよく聞かれました。彼らはウクライナの人々の強さと強靭性に非常に驚き、感銘を受けたのです。現在のウクライナが置かれている困難な状況にもかかわらず、私たちは仕事を続け、勉強し、知識を高め、ユーモアを忘れずにいます。私たちは、特に戦争や洪水で大きな被害を受けた地域においてこそ、強靭性のある強い国家なのです」