防げる命を守るために、今こそ基礎を見直す

科学の進歩の恩恵を受ける権利は、医療の発展に不可欠な要素

2025年11月10日
Photo: UNDP Mauritius

昨年末、コンゴ民主共和国の奥地で発生した致死率の高い危険な感染症は"疾病X "と呼ばれ、世界中に危機感をもたらしました。しかし、その真の原因は新たな未知の疾患ではなく、既知の病気の重篤な状態でした。それは、呼吸器感染症や栄養失調、基本的な医療サービスへのアクセス不足を伴ったマラリアだったのです。

マラリアは依然として大きな脅威であり、2023年には約60万人が命を落としました。その多くは5歳未満の子どもたちです。治療法があるにもかかわらず、毎日1,000人以上の若い命が失われています。

これは、命を救う医薬品が必要とする人々に届いていないことを意味しています。この状況を改善するには、研究開発の段階からアクセスに関する配慮を取り入れ、医薬品のライフサイクルすべての段階にわたって考慮する必要があります。

日本政府、国連開発計画(UNDP)が主導する「新規医療技術のアクセスと提供に関するパートナーシップ (Access and Delivery Parnership: ADP)」、そして日本を拠点とするグローバルヘルス技術振興基金(GHIT)の共同イニシアティブである「新規医療技術、アクセスと提供のための協働(Uniting Efforts for Innovation, Access and Delivery)」による最新報告書は早期アクセス計画の重要性を強調しています。医薬品が人々の健康を改善し、命を救うためには、研究開発の資金提供者と新規医療技術開発者の持続可能な価格設定、供給性、受容性への考慮が必要不可欠です。また、科学的知識の普及や現地生産を促進するために、情報やノウハウをアクセスしやすくする取り組みにもコミットしなければなりません。

資金提供者は、新規医療技術が手頃な価格で普及するために、独自の影響力を持ちます。開発初期の段階から、開発者に対し、コスト、導入の容易性、製造基準の遵守を要求するなど、その影響力を行使することで、医療技術の開発方針をより公平な方向に導くことが可能です。

医薬品や医療技術は手頃な価格であるだけでなく、実環境に適していなければ利用されないリスクがあります。例えば、ワクチンのコールドチェーン要件は、資源が限られた場所での予防接種活動の妨げとなり、接種率を低下させてきました。この課題を克服するため、太陽光発電を利用したポータブル冷蔵施設やデジタル・ソリューションを導入することで、遠隔地でも信頼性の高いワクチン保管が可能になります。

「目標とする製品性能」を明示して新規医療技術の研究開発プロセスの指針となるターゲット・プロダクト・プロファイルは、受容性と手頃な価格にを考慮し、各国が現実的に大規模展開できる製品開発を 促進しなければなりません。この点において、このようなプロファイルの設計にコミュ ニティを積極的に関与させることが鍵となります。

また、医薬品は可能な限り現地で製造されるべきです。それにより、購入しやすい価格と公平な分配を促進し、世界的な危機にも耐えうる、より強靭なサプライチェーンの構築が可能となります。新規医療技術の開発者は、地域での製造を支援するために初期段階から計画を考慮する必要があります。国連が支援する「医薬品特許プール (Medicines Patent Pool)」のような確立された組織を通じたライセンス供与や、条件を満たす場合には技術移転を実施することにより現地での生産を可能にすることが求められます。

その好例として、ドイツの製薬会社メルクからブラジルの主要医薬品技術研究所であるファルマングイノス/フィオクルスへ、さらに最近ではケニアのメーカーであるユニバーサルへの、住血吸虫症(寄生虫が原因)に対する新しい小児用治療薬の技術移転があります。この医薬品は、顧みられない熱帯病に感染するリスクが高い未就学児に間もなく提供される予定で、新規医療技術のアクセスと提供に関するパートナーシップ(ADP)、グローバルヘルス技術振興基金(GHIT)とこの小児用治療薬を開発した小児用プラジカンテル・コンソーシアムが協力し、影響を受ける国々でのアクセス拡大に取り組んでいます。

医療に関する知識もすべての人に広く届けられる必要があります。誰もが、どこにいても、科学の恩恵を受ける権利があります。そのために研究の透明性を確保しオープンアクセスの学術誌で公開することや技術移転と地域生産を可能にすることで、より広範な科学コミュニティが新規医療技術を活用、改良し、発展させてゆくことが可能となります。

例えば、テキサス小児病院ワクチン開発センターとベイラー医科大学(テキサス州)が意図的にオープンソースかつ特許権が放棄されているCorbevax(コルベバックス)COVID-19ワクチンのように、オープンイノベーションの力を私たちは目の当たりにしました。このワクチンは世界保健機関(WHO)によって緊急使用リストに登録され、インドでは承認され、これまでに少なくとも1億回接種されています。

各国政府もこうした取り組みを主導することができます。2023年の主要国首脳会議(G7サミット)において、日本はGHIT基金とUNDPのパートナーシップを支援するために2億ドルの追加拠出を表明しました。この資金は、顧みられない疾病のための新規医療技術の開発、アクセス、提供への投資を目的としています。11月のG20サミットでは、日本を含む世界の指導者たちが、地域・現地生産、技術革新、公平なアクセスのための連合の設立を歓迎し、技術の進歩、アクセス、提供の結びつきを強化する新たな機会を提供しましたた。

これらのイニシアチブを積極的に推進することで、日本はユニバーサル・ヘルス・カバレッジと人間の安全保障の実現に向けた取り組みの一環として、新規医療技術の研究開発初期段階より医薬品へのアクセスを考慮することを確実にするための先導役を担っています。

私たちはなにをすべきか、その答えを知っています。新規医療技術へのアクセスは、製品が市場に出た後に考えるべきものではありません。さもなければ、新規医療技術がそれを必要とする人々に届くまでに何年もかかり、マラリアのような予防可能な疾病によって多くの命が失われ続けます。もう無駄にできる時間はないのです。

著者:マンディープ・ダリワル:国連開発計画HIV・保健グループディレクター、國井修:公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金CEO