シリアの「モザイク」を未来へ繋ぐ―UNDPと進める復興への歩み

2026年8月19日
Inside a metal workshop, a man in blue explains metal rods to visitors as a worker sits nearby.
Photo: UNDP Syria

14年にわたり内戦が続いたシリアの人々は、2024年末の政変を経て、少しずつ日常を取り戻し、それぞれの暮らしを再建しようと歩み続けています。店を再開する人、新たな仕事を探す人、子どもたちが再び学校へ通える日を待ち望む家族。復興とは、壊れた建物を修復することだけではなく、人々が再び暮らしを営み、未来を描けるようになることでもあります。

国連開発計画(UNDP)は、日本政府をはじめとするパートナーとともに、インフラの復旧や生計支援、コミュニティレベルでの平和構築などを通じて、人々が自らの力で社会を築き直せる環境づくりに取り組んでいます。

2023年より、UNDPシリア事務所でプログラム専門官を務める藤村梨紗さんは、シリア内外での勤務を重ねながらシリアの人々と向き合い続けてきました。復興の現場で見えてきたシリアの現状、支援の先に目指す未来、そして人々への変わらぬ思いについて語っていただきました。

Photograph of three professionals at a round table signing a document, with flags in background.
Photo: UNDP Syria

シリアと関わり始めたのは、隣国ヨルダンで勤務していた頃でした。2010年から2011年にかけて、たびたびシリアを訪れていましたが、抗議運動の広がり以降、渡航が難しくなり、やがてヨルダンには多くのシリア難民が避難してくるようになりました。それまで身近に感じていたシリアで、急速に危機が深まり、人々の暮らしが大きく変わっていく状況を目の当たりにしたことが、その後、シリア支援に携わることを志すきっかけとなりました。2016年には、紛争が続く中で初めてシリアに赴任。その後、約4年間のUNDP本部勤務を挟みましたが、2023年に再びシリアに戻ることになりました。現在は移行期を迎えた同国で、復興と平和構築支援に取り組んでいます。

復興というと、壊れた建物やインフラを直すことを思い浮かべる方も多いかもしれません。しかし現場で向き合っているのは、一人ひとりが再び暮らしを営み、自分らしい生活を取り戻していくプロセスを意味します。

そこで、私が何より大切にしているのは、『先に決めつけない』ことです。『これが必要だろう』と支援する側が答えを用意するのではなく、まずは現場の声を聞く。政府と市民社会、女性や障がい者の方々など、それぞれの立場によって必要としている支援は異なります。一人ひとりの声に耳を傾け、その声を支援にどう反映していくかを常に意識しています。

それは、国外で暮らすシリア人の帰還を考えるときも変わりません。治安の改善だけでなく、仕事や住まい、水道や電気、学校、医療など、人によって必要条件はさまざまです。とりわけ周辺国の難民キャンプで暮らす人々が安心して帰還し、地域社会に再統合されるためには、そうした基本的なニーズを一つひとつ改善していくことが欠かせません。

UNDPでは、『誰一人取り残さない(Leave no one behind)』という理念のもと、女性から若者、障がい者、そして帰還民まで、人々が復興と移行のプロセスに主体的に参画できることを重視しています。シリアの人々が持つ知識や技能、ビジネスマインド、人と人のつながりを生かしながら、自らの力で未来を築いていける環境を整えることが、持続可能で包括的な復興につながると考えています。

インタビューの途中、突如として室内の照明が消え、藤村さんは暗闇に包まれました。シリアでは今なお日常茶飯事である電力不足や停電の現実が、まさにこの場所にもありました。暗闇の中でも、藤村さんの穏やかな声は途切れることなく続きました。


 

電力不足は、シリアが直面する課題の一つに過ぎません。人々の暮らしを支える基盤を立て直していくためには、UNDPでは地域や人々のニーズ、政府が示す優先課題、国連やUNDPの戦略的な枠組みに加え、他機関との役割分担や相互補完性も踏まえて考える必要があります。

私が特に重要だと考えているのは、第一に、破壊された建物やインフラの再建に加え、再建のために多様な資金を活用できる環境を整えること。第二に、企業や起業家の力を生かし、高い失業率や貧困に対応するための、生計の向上、雇用創出、そして経済復興への支援です。さらに、人々の声を政策や復興のプロセスに反映し、基本的なサービスを円滑かつ公平に届けられるよう、制度や仕組みを改善するガバナンス支援も欠かせません。

Busy covered bazaar with textile stalls along a stone arcade, centered white umbrella.
Photo: UNDP Syria

2024年12月、アサド政権が崩壊し、シリアでは新政権のもとで移行と復興に向けた取り組みが始まりました。しかし、長年にわたる紛争によって傷ついた国の再建は、政権が変わっただけで実現するものではありません。発電所や送電網、水道施設などのインフラは各地で損傷し、経済活動も停滞しています。避難を余儀なくされた人々の中には帰還を望む人もいる一方で、仕事や住まい、教育や医療など、生活を再び始めるための環境はまだ十分に整っていないのが現状です。こうした中、日本政府はUNDPを通じて、シリアの復興を支える支援を実施しています。

日本の支援は、『何が一番必要なのか』『何がこの国の復興に最もインパクトをもたらすのか』という視点から行われていると感じています。例えば、電力は人々の生活だけでなく、病院や学校、工場など、社会そのものを動かす「生命線」です。UNDPは日本政府と連携し、発電所の維持や設備の改修などを通じて、人々が再び暮らしを取り戻せる環境づくりを支えています。

しかし、日本とシリアのつながりは、今回の支援から始まったものではありません。日本が長年支援してきた発電所や揚水施設は、今でも大切に使われていますし、30年前のODAロゴが残る施設や消防車が、今も現役で活躍しています。そして何よりもシリアの人々が長年にわたる日本からの支援をよく覚えており、その貢献を高く評価しています。こうした信頼の積み重ねも、日本とシリアの長い関係を物語っています。

Group of people on a road beside a large industrial facility with tall towers and metal structures.
Photo: UNDP Syria

こうしたインフラや経済の立て直しとあわせて、長年の紛争によって分断されたコミュニティのつながりを取り戻し、人々が再び社会の一員として希望を持てる環境をつくることも欠かせません

2026年2月、UNDPシリア事務所は首都ダマスカスで文化イベント「イシュラーカート・フェスティバル (Ishraqat Festival)」を開催しました。音楽やダンス、伝統工芸、食文化など、シリア各地の多様な文化を紹介するこのイベントには、多くのシリア人が訪れ、それぞれの地域やコミュニティが受け継いできた文化を互いに分かち合いました。長年の紛争によって生じた分断や隔たりを少しずつ乗り越えていくために、文化を通じて人々が集い、シリアらしさを見つめ直すことを目的とした取り組みです。

シリアでは、さまざまな文化や伝統、地域的背景を持つ人々が暮らす多様性に富んだ国です。そうした多様性は、しばしば『モザイク』にたとえられ、シリア社会の豊かさを形作るものとして大切にされてきました。しかし、長年の紛争は、こうした社会の多様性や人々のつながりにも深い影響を及ぼしました。だからこそ、文化を通じてその価値を改めて見つめ、人々がつながる場をつくることに意味があると思います。

Arabic-language cultural arts poster with a collage of a man in profile and a family.

Ishraqat Festival

Photo: UNDP Syria

 

平和構築は成果が短期間で目に見えるものではありません。紛争によって生じた傷や亀裂を修復するには、何年、時には何十年もの歳月を要します。移行期正義や議会、選挙など、国レベルで進められる政治・司法の取り組みに加え、地域レベルでの対話や和解も重要です。さらに、経済活動やバリューチェーンを通じて、地域や立場を越えて人々のつながりを取り戻していくことも、広い意味での平和構築だと考えています。一歩進んだと思えば、また後戻りすることもある長い道のりです。それでも、平和の種をまき、それが少しずつ育っていくプロセスに携われることに、やりがいを感じています。

シリアは豊かな歴史や文化を持ち、日本とも長年にわたり深い関係を築いてきた国です。私自身、シリアには特別な思い入れがあります。シリアの人々が安心して暮らし、将来に希望を持てること、そして日本の人々も再びシリアを訪れ、両国の交流と関係をさらに深めていける日が来ることを、一人の日本人として願っています。

Three people smiling during a video conference; colorful tile backdrop.

藤村梨紗(下)と聞き手(UNDP駐日代表事務所インターン 佐伯、江藤)

Photo: UNDP Syria
Photograph of a woman with shoulder-length dark hair standing outdoors among green foliage.
Photo: UNDP Syria

 

藤村梨紗 Bio

民間企業および在ヨルダン日本国大使館勤務を経て、2013年よりUNDPパレスチナ事務所にて参加型ガバナンスを担当 (UNV)、JPOとして国連政務局(現DPPA)中東・西アジア部及び平和構築支援事務所(PBSO)での勤務を経て、2016年よりUNDPシリア事務所で早期復興支援に従事。その後、ニューヨークで紛争予防に関するUNDP・DPPA共同プログラムに携わり、2023年のトルコ・シリア地震ではSURGE アドバイザーとして緊急支援を経験した後、2023年より再びUNDPシリア事務所に着任。現在はプログラム専門官として、政府や市民社会とのコンサルテーションを重ねながらCountry Programme Document(CPD)の策定や復興・平和構築プログラムの立案・調整を担当。