社会保障制度のデジタル化:何が重要で、なぜ重要なのか

2026年3月24日
Person sits at a wooden table on a porch, using a tablet; greenery and graffiti in the background.
UNDP:Zoe Cox

社会保障制度は、人々が必要なときに、年金や失業給付、子育て支援、医療、緊急支援などにアクセスできるかどうかを左右する重要な仕組みです。各国でデジタル化が進む一方で、限られた財源、分散したデータ環境、通信インフラへのアクセスに格差がある中で運用されています。

日本政府の協力のもと、UNDPは「Digital X 3.0(人間の安全保障)」の枠組みで、社会保障をテーマにしたウェビナーを開催しました。セッションでは、現場で社会保障制度の更新をどのように進めていくか、専門家が意見を交わしました。

多くの国では、いまも従来型のシステム、スプレッドシート、分野ごとのデータベースが混在したまま運用されています。 OpenSPP のオペレーション責任者であるセリーヌ・レヴェレンツ氏は、「新しいプラットフォームは既存の記録や行政プロセスと連携する必要があり、すべてを一度に置き換えることは現実的ではない」と述べています。

通信環境も重要な制約です。遠隔地や危機の影響を受けた地域では、インターネット接続が不安定、あるいは利用できない場合があります。サービス提供を継続するには、オフラインでデータを入力し、後から同期させる仕組みが欠かせません。

デジタル・ソリューションの選定は、技術性能だけで決まらない

ソフトウェアの性能だけでは、制度を大規模に運用できるかどうかは判断できません。UNDP 包摂的成長チームの政策スペシャリスト、ダイナ・ソレンセンは、デジタル・システムを選ぶ際には、通信環境、実施体制、政府機関間の調整、データ保護などをあわせて考える必要があると指摘しました。

また、分散したシステムや独自仕様の仕組みは、時間とともに追加の制約を生みます。特定ベンダーへの依存、ソースコードへのアクセス制限、柔軟な改修がしにくい設計は、将来的なアップグレードを難しくし、コストを押し上げます。社会保障は、国家財政に占める割合が大きく、こうした技術的判断が数百万人の生活に直結するサービスの質を左右します。

社会保障を支えるデジタル公共財の活用

ウェビナーでは、社会保障サービスの提供を支えるデジタル公共財(Digital Public Goods)として、OpenSPP と OpenG2P の2つが紹介されました。いずれもデジタル公共財アライアンス(Digital Public Goods Alliance) が管理する「デジタル公共財レジストリ」に登録された認定ソリューションで、各国の多様な制度環境に応じて活用されています。セッションでは、両ツールが既存の行政システムとどのように連携し、実際の運用に組み込まれているのかに焦点が当てられました。

OpenSPP(オープンソース社会保護プラットフォーム)

OpenSPP は、登録、受給資格の判定、給付、苦情受付、報告など、社会保障プログラムの一連のプロセスを支えるために開発されたオープンソースのデジタル公共財です。セリーヌ氏は、モジュール型の設計により、制度の準備状況に応じて必要な機能を段階的に導入できる点を強調しました。このアプローチにより、システム全体を置き換えることなく、既存のレジストリやデータベースと連携しやすくなります。

また、安定した通信が確保できない状況でもデータを収集できる「オフライン機能」が、現場での運用に重要であることにも言及しました。

Diagram showing building blocks for social protection delivery with color-coded blocks and arrows.

 

OpenG2P は、政府から個人への給付(G2P)をデジタルで支えるために設計されたオープンソースのプラットフォームで、大規模なデジタル現金給付に特に重点を置いています。この取り組みはDPGとして認定されており、プロジェクトはインドのバンガロールにあるインド情報技術研究所(International Institute of Information Technology, Bangalore)に拠点を置いています。

OpenG2P の最高技術責任者(CTO)であるプニート・ジョシ氏は、給付管理システムには、プライバシー保護、監査のための記録、そして適切に管理されたデータ共有の仕組みを備えることが不可欠だと強調しました。こうした安全策は、制度の説明責任を確保し、利用者の信頼を維持するうえで欠かせません。また、こうしたシステムを拡大していくには、制度を運営・調整できる組織的な能力も欠かせません。政府には利用するシステムを管理し、必要に応じて改善し、適切に監督する力が求められます。

規模が大きくなると、課題の質も変わる

ウェビナーで共有された各国の経験から、社会保障制度が全国規模で運用される段階に入ると、デジタル改革の性質そのものが変わることが明らかになりました。UNDPの社会保障・包摂的成長スペシャリストであるルイス・ダ・シルバ・デ・パイヴァは、ラテンアメリカでの取り組みに触れながら、社会保障は数千人単位で測られるのではなく、国内総生産(GDP) の数パーセントに相当するインパクトを持つ領域と述べています。

ブラジル、エクアドル、ペルーを含む多くのラテンアメリカの諸国では、全国規模の社会登録制度(Social Registry)がすでに整備され、人口の大部分をカバーしており、非拠出型社会保障の基盤となっています。したがって課題は、新たにデジタルシステムを一から導入させるのではなく、既存システムをどのように連携させ、より効果的に機能させるかにあります。多くの場合、UNDP をはじめとする開発パートナーは、各国政府とともにデータ統合、相互運用性、システム設計といった制度設計・構想段階を支援し、技術的な実装は民間が担う形が一般的です。

ルイス氏は、限られた資金規模の中で、開発パートナーは常に選択を迫られていると述べました。小規模で成果が明確に測定しやすいプロジェクトを選ぶのか、より大きな政府主導の仕組みに上流で関与するのかという選択です。どちらの方向に進むかは、予算規模だけでなく、政治的な意思にも左右されます。こうした選択は社会保障におけるデジタル公共基盤(DPI)づくりにどのように関与するかに直結します。ルイス氏は、個別のパイロットにとどまらず、制度全体の変革につながる取り組みを優先するよう、参加者に呼びかけました。

対話から実装へ:Digital X 3.0

OpenSPP と OpenG2P は、、誰もが無償で入手・利用・改良・再配布できるソフトウェアとコミュニティからなるGPGの例です。ソフトウェアエンジニアや技術担当者、デザイナーは、それぞれの地域のニーズに合わせて活用・調整することができます。しかし、利用可能であるという事実だけでは、導入が進むとは限りません。多くの政府は既存のソリューションの存在を十分に把握しておらず、それらを評価し、導入につなげる手段が明確でない場合があります。

Digital X は、こうした課題に対応するために立ち上げられた取り組みです。実績のあるデジタル・ソリューションを特定し、UNDP各国事務所や政府のニーズと結びつけ、その拡大・普及を後押しすることを目的としています。この取り組みの中心にあるのが Digital X ソリューション・カタログです。実際に導入され、効果が確認されたソリューションを UNDP が整理・紹介しており、各国政府が参照できるようにしています。

日本政府との協力のもと、既存のソリューションをより見つけやすくし、その実装から得られた知見を広く共有するために、「Digital X 3.0 ウェビナー・シリーズ」が開始されました。各回では、政策担当者、実務者、ソリューション提供者、そして利用者が参加し、現場で直面する課題やアプローチについて対話します。第1回セッション「Accelerating Social Protection Through Digital Solutions」では、UNDPのダイナ・ソレンセンを初め、複数の国から参加者が集まり、社会保障におけるデジタル活用について議論が行われました。

 


詳しく知りたい方、またはDigital X Solution Catalogieへの掲載を希望される実績あるデジタル・ソリューションをお持ちの方はカぜひご連絡ください。
 Digital X ソリューション・カタログ:

https://digitalx.undp.org