日本政府、グローバルヘルスにおけるイノベーションとパートナーシップを支援
2026年6月5日
サハラ以南アフリカでは、子どもの発育に深刻な影響を及ぼす住血吸虫症の症例が多く報告されている。現在タンザニアではアステラス製薬の支援により開発された、5歳未満の子どもにも使用可能な新しい治療薬が導入されつつある。
著者:國井修 、マンディープ・ダリワル
タンザニアのカバレで雨が降るたびに、エンジェル・マイケルさんは子どもたちのことが心配になります。
水が溜まった田んぼを歩くたびに、寄生虫によって感染する住血吸虫症のリスクが高まるためです。この病気は貧血や発育阻害を引き起こし、子どもたちの学びと成長の機会を奪いかねません。
「子どもたちが“キチョチョ”にかかるのを防げたらいいのに」とマイケルさんは語ります。住血吸虫症は現地でキチョチョと呼ばれ、「とても危険な病気です」と彼女は続けます。
住血吸虫症の感染リスクが特に高い5歳未満の子どもに適した治療法がこれまで存在しておらず、主にサハラ以南アフリカに暮らす推計5,000万人の就学前児童が十分な治療を受けられない状況に置かれてきました。
しかし現在、グローバルヘルス技術革新基金(GHIT Fund) の協力のもと、小児用プラジカンテル・コンソーシアムが開発した、住血吸虫症の新たな治療オプションの展開に向けた準備が整いました。日本政府の支援を受け、国連開発計画(UNDP)が主導する「新規医療技術のアクセスと提供に関するパートナーシップ(Access and Delivery Partnership: ADP)」のもと、タンザニアでの供給が進められています。
この進展は国境や分野を越えた連携の成果です。本取り組みは、研究開発を後押しした日本のアステラス製薬から、ブラジルやケニアの主要な製造パートナー、そして研究およびプログラム統合を主導するタンザニアを含む、グローバルな協働によって実現しました。
現在、タンザニア国立医学研究所が主導する新たな治療オプションの試験的導入は、エンジェルさんが暮らすタンザニアの地方地域である、センゲレマ、キゴマ、イティリマにおいて進められています。メルク社が供給する医薬品は、25,000人以上の子どもたちに届く見込みです。
コートジボワール、ガーナ、ケニア、セネガル、ウガンダ、ジンバブエにおいても小児用プラジカンテル・コンソーシアムおよび関連パートナーとの連携のもと、同様の取り組みが進められています。これは、住血吸虫症をはじめとする世界で10億人以上に影響を及ぼす疾患群である顧みられない熱帯病(NTDs)との闘いにおける画期的な成果です。
昨年は、9カ国がNTDのいずれかの排除を達成しました。しかし、世界の保健システムに対する負担が高まる中、この進展を加速させるには新たなアプローチが求められています。
なかでも日本は、保健および人間の安全保障の推進における革新的なアプローチと、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)への強いコミットメントの両面において、際立ったリーダーシップを発揮しています。
日本政府は、相互利益と各国の主体性を重視したパートナーシップによる、グローバルヘルスへのアプローチを通じて、独自の協働モデルを構築してきました。このモデルは、特にタンザニアにおける住血吸虫症対策をはじめ、グローバルヘルス分野で顕著な進展をもたらしています。
この戦略は主に3つの柱から成り立っています。
第一に、各国の主体性を軸とすることです。保健分野の取り組みは、各国のニーズと優先課題を反映することが不可欠であり、国主導による研究と事業設計が成功の鍵を握ります。 住血吸虫症の新たな治療オプションであるアルプラジカンテルの導入に先立ち、タンザニア国立医学研究所は、ADPと連携し、コミュニティ主導の啓発活動を実施しました。これにより治療への理解が深まり、地域住民が主体的にアルプラジカンテルの利用促進に関わる基盤が整えられました。
第二に、パートナーの専門性を最大限に活用することです。タンザニアにおいて、アルプラジカンテルを展開させる上での課題の一つは、同国の医薬品・医療機器規制当局からの承認を確保することでした。 プロセスを加速させるため、ADPは世界保健機関(WHO)の枠組みを活用し、既存の信頼できる評価結果をもとに審査を進めることで、承認プロセスの迅速化を実現しました。
第三に、従来とは異なる領域においてでも、イノベーションと効率性を追求することです。財政的制約が強まる現在の状況において、分断された取り組みを統合し、保健サービスの最適化を図ることが重要です。 アルプラジカンテルの展開に向けた準備として、地域および国際的なパートナーはアルプラジカンテルを既存のNTD予防・管理プログラムに取り組むことで、プログラムのコスト削減を図っています。
アルプラジカンテルをタンザニアの国家保健イニシアティブに持続的に統合することで、より多くの子どもたちに費用対効果の高い形で治療を届けるとともに、保健システム全体の強化にも寄与します。
グローバルヘルスにおけるパートナーシップの進化は、変革を加速させる力を持っています。AIの進展により、医薬品開発や診断のあり方も変わりつつあり、臨床試験に要する期間が大幅に短縮されり可能性もあります。NTDsの根絶に向けてもAIは変革をもたらし得ますが、その導入にあたっては公平性と持続可能性を確保することが不可欠です。
アルプラジカンテルの展開が始まる中で、何百万人もの子どもたちとその家族、そして地域社会が恩恵を受けることが期待されています。タンザニアの経験を基に、各国および関連パートナーがNTD対策の取り組みをさらに拡大させ、これらの疾病を根絶し、過去のものとすることができます。
マンディープ・ダリワルは、UNDP政策プログラム支援局(Bureau of Policy and Programme Support)においてHIV・保健グループディレクターを務めています。これまで25年以上にわたり、低・中所得国においてHIV、保健、人権、ならびにエビデンスに基づく政策およびプログラムの推進に携わってきました。2008年にUNDPに加わり、「HIVと法に関するグローバル委員会」の設立を主導しました。
國井 修氏は、公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)のCEO兼エグゼクティブ・ディレクターです。ユニセフやグローバルファンドなど複数の国際機関での豊富な実務経験に加え、国際機関との幅広い連携を通じた知見を有しており、これまで培ってきた経験を日本および日本の組織に還元するとともに、グローバルヘルス分野におけるイノベーションの推進に取り組んでいます。
この論説は公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)の國井 修氏、UNDP HIV・保健グループディレクターのマンディープ・ダリワルの共著により出版されました。
本記事は朝日新聞で掲載されたものです。