新規医療技術のアクセスと提供に関するパートナーシップ寄稿記事
検査から治療へ:タンザニアにおける就学前児童の住血吸虫症撲滅への加速
2025年12月5日
タンザニアのイティリマ県カバレの母親、エンジェル・マイケルさんは「雨が降って、水がたまった田んぼで子どもたちが楽しく遊んでいます。子どもたちをキチョチョから守ってあげられるとよいのですが。キチョチョは恐ろしい病気なのです」と語ります。
現地ではキチョチョと呼ばれる住血吸虫症は、寄生蠕虫によって引き起こされる急性・慢性病で、顧みられない熱帯病(NTDs)の1つです。コミュニティと淡水資源との結びつきが強いタンザニアでは、この病気が今でも大きな健康面の課題となっています。感染者全体の20%近くが5歳未満の子どもであることからも、この病気への対策はこれまで以上に重要となっています。
同じくイティリマ県のムワスワレで暮らすリミ・マスンガさんは「私には4人の子どもがいます。一番上の子は女の子で、残りの3人は男の子です。キチョチョの検査があると聞いたときには、喜んで参加を決めました。子どもたちの健康状態を知りたかったからです。」と話してくれました。
上:寄生虫学的評価のためのベースライン調査の一環として、コミュニティ・ヘルス・ワーカーのングアシ・ドット・ハガ氏(左)に子どもの検尿と検便のサンプルを提出するエンジェル・マイケルさん(中央)。下:イティリマ県で子どもの検便・検尿サンプルを提出した4人の子どもの母親リミ・マスンガさん。
イティリマ、センゲレマ、キゴマの3県で2025年1月に実施された寄生虫学的評価のためのベースライン調査には、エンジェルさんとリマさんの家族を含め、1,000人以上が参加しました。特に水場に近く、住血吸虫症が広がりやすいコミュニティが対象となりました。
就学前児童(2歳から5歳児)の住血吸虫症感染状況に関する理解を深めることを目的とするこの調査は、今後の新たな小児治療薬の展開に向けた重要な一歩となるものです。国連開発計画(UNDP)主導の新規医療技術のアクセスと提供に関するパートナーシップ(ADP)、熱帯病医学特別研究訓練プログラム(TDR)、および日本政府の支援を受ける、国立医学研究所(NIMR)による「小児用プラジカンテル製剤提供・展開準備に向けた医療システム能力強化(STEPPS)」プロジェクトの一環として進められています。
治療の大きなギャップへの対処
幼児が住血吸虫症にかかると、貧血や発育不全、認知発達障害を引き起こすおそれがあり、その影響は成年後も持続するため、長期的な健康問題の一因となり、影響を受けたコミュニティには重大な社会的・経済的負担となります。
年長児や成人については以前から、住血吸虫症の治療薬として効果が実証されているプラジカンテル製剤が利用可能となっていますが、5歳未満児についてはこれまで、適した製剤がありませんでした。就学前児童の住血吸虫症に適切な治療薬がなかったことで、脆弱な幼児が多く感染し、年長者であれば享受できる医療の進歩による恩恵を受けられないという、著しい健康上の不公平が続いてきたのです。
ADPプロジェクトは国立医学研究所(NIMR)や保健省と密接に連携しながら、最近になって世界保健機関(WHO)から承認を得た新たな小児用プラジカンテル製剤「アラプラジカンテル」の普及に向けた準備に取り掛かっています。この新薬を開発した「小児用プラジカンテル・コンソーシアム」は、欧州・途上国臨床試験パートナーシップ(EDCTP)、公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)と製薬会社メルクの支援を受けたグローバルな官民パートナーシップです。
センゲレマの地域保健センターで、住血吸虫症検査を受けるため、子どもの便サンプルを持ち寄る保護者たち
国立医学研究所(NIMR)の首席研究員でSTEPPSプロジェクトのリーダーでもあるポール・エラスト・カジヨバ博士は「住血吸虫症のような顧みられない熱帯病は貧困の病であり、長期にわたって壊滅的な影響を及ぼします。子どもたちが大きくなる前にできるだけ早く、薬を届けなければなりません。そうすれば、子どもたちの生活も、彼らのコミュニティの社会経済活動への関与も向上することでしょう」と語ります。
また、ポール氏は「今回の基礎調査は、5歳未満の幼児向けのこの重要な製剤へのアクセスをどう提供すべきかについて、十分な情報に基づいた意思決定を行うのに役立つでしょう」と付け加えています。
収集したサンプルの分析を行う検査技師たち
よりよい成果のための連携
基礎調査は、国立医学研究所(NIMR)の研究者、県の保健担当者、そしてコミュニティ・ヘルス・ワーカーによる協業的な取り組みとして実施されています。
検査技師のボアズ・ニエシ・ペトロ氏は「私たちはこれまで、7歳以上の子どもを対象に検査を行っていましたが、より幼い子どもの検査も必要であることに気づきました。今回の調査は、幼児の現状を理解する上で極めて重要です」と説明しています。
顕微鏡で住血吸虫症のサンプル検査を行うボアズ・ニエシ・ペトロ氏
調査のねらいは、地理情報システム(GIS)を用いて、住血吸虫症の感染が最も広がっている区域のマッピングを行うことにあります。研究者が子どもの大便と尿のサンプルを収集し、それぞれの地理座標を打ち込むことで、感染者数と感染率を明らかにできます。
この取り組みでは、コミュニティの参加が中核的な役割を果たします。コミュニティ・ヘルス・ワーカーは家庭を訪問して住血吸虫症の予防と治療に関する教育を施すとともに、文化的迷信にも対応し、参加を促します。各家庭には検査用キットが配られますが、サンプルは翌日、最寄りの地域医療機関に提出することになっています。
病気の発生状況を明らかにし、感染コミュニティの巻き込みを図る取り組みは、就学前児童の住血吸虫症について将来的な治療戦略を策定するための参考として欠かせません。
熱帯病医学特別研究訓練プログラム(TDR)の科学者コリンヌ・メルル氏は「今回の基礎調査は、コミュニティとの連携を図る絶好の機会であると同時に、政策立案者が幼児の病気の苦しみを理解することにも役立つ」と語ります。
寄生虫基礎評価調査を実施中の地域保健センターの外に腰掛ける母親と子ども
エンジェル・マイケルさんは「人々が飲み水を煮沸させ、子どもが汚染された水辺で遊ばなくなれば、変化が訪れ、キチョチョに感染することなく、健康に育つようになるでしょう」と指摘し、自宅を訪れたコミュニティ・ヘルス・ワーカーから学んだ知識を共有しました。
コミュニティ・ヘルス・ワーカーで地域住民でもあるジェレマイア・ニヤンダ氏は「協業はうまく行っています。私たちが検便・検尿用の容器を配ると、住民は快く応じ、サンプルを提出してくれました。地域の人々はこの取り組みに満足しています。全員が子どもの検査を希望しました。」と語っています。
ジェレマイア・ニヤンダ氏のようなコミュニティ・ヘルス・ワーカーは各家庭を訪問し、住血吸虫症の予防と治療に関する情報を共有するとともに、家族に調査への参加を呼びかけました。
より健康な未来へ
新たな小児用治療薬の展開が近づいていることで、エンジェルさんやリミさんのような家庭には希望が生まれています。
カバレでヘルス・ワーカーを務めるングアシ・ドット・ハガ氏は「この小児用製剤に期待するのは、子どもへのキチョキチョの感染が減り、最終的には根絶できる可能性があるからです」と語ります。
コミュニティにとっての恩恵は、健康面だけにとどまりません。センゲレマ県ムラガ村のジュリアス・ジョハキム・タンビリジャ村長は「病気になれば、日々の活動、特に経済活動に支障が出ます。畑に出て、作物を植える代わりに、治療を求め、病気になった子どもの世話をしたりすることに時間を使わねばならないからです」と指摘します。
タンザニアは革新的な医療技術、コミュニティの関与、医療システムの強化を組み合わせることで、顧みられない熱帯病対策の模範を確立しつつあります。この協業的な取り組みの成功は、焦点を絞った介入によって、脆弱な人々の健康を大きく改善すると同時に、長年にわたる健康上の不平等にも対処できることを実証しています。この取り組みはまた、国家機関とグローバル開発パートナーとの連携が、持続可能な変革を推進するうえで重要な役割を果たし、次世代に向けてより健康で公平な未来への道を切り開いています。