JPO制度を通じてUNDPへ
アフガニスタンの現場から見た「人々の選択肢を広げる開発」とは
2026年3月4日
UNDPアフガニスタン事務所の同僚との写真
JPO制度を通じてUNDPでのキャリアをスタートさせた松浦知紀さんに、UNDP学生アンバサダーがインタビューを行いました。松浦さんは現在、UNDPアフガニスタン事務所で開発支援と経済復興、コミュニティのレジリエンス強化に寄与するABADEIプロジェクトマネージャーとして、人々の基本的ニーズと長期的な開発のため取り組んでいます。本インタビューでは、JPO制度を通じた国連でのキャリアへの道筋、開発支援への向き合い方、現在の職務において指針となっている価値観について振り返ります。英語版はこちらから。
国連でのキャリアを志したきっかけは何ですか?
国連で働きたいと思ったきっかけは12歳の頃にさかのぼります。当時イギリスに住んでいた私は、元国連難民高等弁務官の緒方貞子さんの本を読みました。いわゆる「発展途上国」での生活がどのようなものかを知ったのはそれが初めてでした。日本で育ち、その後イギリスで生活していた私には、全く想像もつかないことで、私の視野を大きく広げてくれました。
イギリスに住んでいた頃は、私の家族が唯一のアジア系住民で、マイノリティとして育ちました。違和感を覚えたり、何らかの形で周縁に置かれる感覚があり、そうした幼少期の経験が価値観の土台を築き、選択肢や機会を持っていない人々のために働きたいと思うようになりました。
UNDPを選ぶ理由:自ら未来を切り開く機会を、すべての人に
開発分野への関心が深まる中で、JPO制度はかねてからの夢である国連でのキャリアにつながる、最も現実的な道だと感じるようになりました。とりわけUNDPは、これまでの経験を活かして貢献できる組織だという確信がありました。開発とは突き詰めれば、人々の選択肢を広げ、未来を切り開く機会を届けることだと思っています。私はこれまでの人生やキャリアの中で、幸いにも多くの選択肢に恵まれてきました。そうした選択肢を他の人々にも広げることを使命とする機関で働けるのは、本当に得難いことだと感じています。
JPOに選ばれる上で、ご自身のキャリアの中で最も重要だった決断や経験は何だと思いますか?
JICAアフリカ部で約2年間勤務した際、本来の業務範囲ではないジブチを自ら手を挙げて担当しました。フランス語で仕事をする実践的な経験を得られる良い機会だと思ったからです。同様に、タンザニアでも自ら志願して地方自治プロジェクトに携わりました。当時はインフラ案件を主に担当していましたが、長期的に軸にしたい分野ではないと分かっていました。学術的なバックグラウンドが平和構築と和平調停であった私にとって、地方自治の分野こそが自分の関心や将来の方向性に最も近いテーマだったからです。JPOとして、UNDPで最初に配属されたポストはブータンでのガバナンス・アナリストでしたが、JICAでの経験がなければ、履歴書にガバナンスについて実務経験を記述をすることはできなかったと思います。
国連で働くために重要なマインドセット:多様性の尊重と協働の精神
特定の分野で成功できるかどうかを左右するのは、必ずしもスキルや経験だけではありません。本当に差がつくのは、メンタリティとマインドセット——他者とどう協働するか、どれだけオープンでいられるか、多様なチームの中でどのように力を発揮できるか、という部分だと感じます。どれだけ優秀で資格があっても、異なる背景や考え方を持つ人たちとうまく働くことができなければ、どこかで壁にぶつかります。私の経験から言えば、多様性の尊重を中核的な価値観として掲げる国連において、「組織にふさわしい人材」であるために最も重要なのは、まさにこの点だと思います。JPO制度に備える最善の方法の一つは、多様な環境に身を置いて自分を試してみることだと思います。
国連で働く上で重要な姿勢とは?
JPOとしてUNDPブータン事務所に着任した当時は20代後半で、とにかく毎日の業務にベストを尽くすことに集中していました。民間企業での経験もその姿勢に影響していたのかもしれません。実際にブータンで働き始めてからは、このベストを尽くすというマインドセットが大きな助けになりました。TOR(職務記述書)に書かれていない業務にも柔軟に対応し、自分から積極的に関わることができたからです。これはJPOに限らず、国連で働く上で非常に重要な姿勢だと思います。役割の枠を超えて、自分が貢献できると感じる分野に主体的に関わりながら、目の前の仕事にしっかりと向き合うことが、大きな違いを生むと感じています。
UNDPアフガニスタン事務所での、現在の役割について教えてください。
私の主な責任は、UNDPアフガニスタン事務所の旗艦プログラムが上手く実施されるよう全体をマネジメントすることです。そのために、多様性のある大規模なチームを率いています。ABADEI(Area-Based Approach to Development Emergency Initiatives)は、2021年のタリバン政権復帰後に立ち上げられたプログラムで、公共サービスや地域経済の復興、災害対策や社会結合の強化など、アフガニスタンの人々の基本的なニーズに直接対応することを目的としています。人道支援と長期的な開発をつなぐことを目指し、地域に根差した統合的なアプローチが実施されています。
持続可能な開発の基盤をつくる、コミュニティ主導の地域基盤型アプローチ
地域基盤型アプローチ(Area-Based Approach)は、紛争影響下や紛争後の地域において、レジリエンス(回復力)を構築し、持続可能な開発の基盤をつくるためのUNDPの取り組みです。これは決して画一的なアプローチではありません。それぞれの対象地域の声に耳を傾け、住民の優先課題を理解し、そのニーズに基づいて支援策を設計します。そうすることで人々が生活を立て直し、より良い暮らしへと移行するための土台を築くことができます。UNDPは国家レベルの政策支援も多く行っていますが、地域基盤型アプローチはより地域密着型で、実践的な取り組みです。例えば、アフガニスタン東部で地震が発生した際には、現地当局やコミュニティと協力し、シェルター、水、道路のインフラ整備といった緊急ニーズを把握しました。また、それらを個別に対応するのではなく、包括的なパッケージとして同時に対応できるようプログラムを設計しました。支援の優先順位は私一人で決めるものではありません。地域基盤型アプローチにおいて最も重要な原則の一つは、コミュニティ主導であることです。私の役割は、コミュニティの優先事項と利用可能な予算のバランスを調整しながら、そのプロセスを支えることです。もちろん、チームの支えなしにはこの仕事は成り立ちません。
ABADEIの支援を受けた、絨毯織り会社の女性経営者との写真
多様な規模・地域・分野を横断するUNDPの支援の強み
国連は加盟国によって成り立つ組織です。そのため、特定の国の知見や資源に依存するのではなく、世界中から蓄積された非常に多様で豊かな経験が基盤になっています。私はこれがUNDPの最大の強みだと思っています。例えばUNDPは1960〜70年代のシンガポールの国家形成過程においても重要な役割を果たしました。UNDPは約170か国に拠点を持つグローバルな組織です。このネットワークは非常に大きな価値があり、各国政府やコミュニティと近い距離で協働することを可能にしています。また、プロジェクト規模が非常に幅広い点も特徴的だと思います。ブータンでの1万ドル規模のプロジェクトから、アフガニスタンの5,000万ドル規模のプロジェクトまで、文脈は異なってもいずれも同様に重要な取り組みです。開発という分野の性質上、UNDPは気候変動へのレジリエンス、ガバナンス、生活向上支援、基本的サービスなど、多様な分野を横断して活動しています。これほど幅広い分野に対応できる国連機関は多くなく、どの分野に進むべきか模索している方にとっては、とても良い入り口になると思います。
JPO制度等を通じて、開発分野でキャリアを築こうとしている学生や社会人に向けて、アドバイスをお願いします。
JPO制度は、国連への主要な入口の一つだと思います。成功するかどうかは、どれだけ戦略的に準備できるかにかかっています。特に大切なのは、自分の「比較優位」を明確にすることです。毎年多くの応募者がいる中で、自分を際立たせる要素が必要になります。私はよく「T字型人材」という考え方について話します。幅広い基礎的なスキルを持ちながらも、何か一つ明確に強みとなる専門性を持つことです。また、開発分野でキャリアを築くには、見通しを持った上でリスクを取る覚悟も重要だと思います。この業界では時間やお金、努力などの投資が必要になりますが、それに見合うだけの価値があると思っています。国連に入ることはゴールではなくスタート、短距離走ではなくマラソンです。本当の挑戦は、入った後も継続して成果を出し続けることにあります。
振り返ると、私は本当にラッキーだったと感じています。これまで上司や同僚に恵まれ、彼らの支えがキャリアに大きな違いをもたらしました。良いタイミングで良い場所に居合わせることができた部分もあると思います。同時に、運はただ待つものではなく、自ら動くことで掴み取るものでもあると感じています。「Fortune favours the brave:運は挑戦する人に味方する」と言われますが、私自身もこの言葉を信じています。
UNDP学生アンバサダーとのインタビューの様子
UNDP学生アンバサダーからのコメント:
Carolyn Si Kay Xin | Andrea Eik Arnarsdóttir
松浦さんとの対話を通じて特に印象に残ったのは、開発の現場において「コミュニケーション」と「理解」がいかに本質的な役割を果たすかという点でした。チーム内の連携に限らず、危機の影響を受けたコミュニティをどのように理解し、支援していくのかという根本的な部分にも関わっています。また、意義あるキャリアは決して個人の努力だけで形づくられるものではなく、自分を受け止めてくれる環境との出会いによって、大きく左右されることを改めて感じました。そして、そのような環境を自ら探しに行く主体性も重要だと気づかされました。最後に、私たちが改めて認識したのは、身を置くことそのものが持つ価値です。人やコミュニティ、そして仕事そのものに丁寧に向き合うことで、開発を理論にとどめず、実際のインパクトへとつなげていくのだと実感しました。