TICAD9インタビューシリーズ01 - 原祥子 UNDPアフリカ・サステイナブル・ファイナンス・ハブ(ASFH)地域事務所
アフリカの魅力と広がる投資・スタートアップ最前線
2025年8月19日
ビジネスと日本とのつながり
南アフリカは日本人在留者数が多い国の一つで国であり、日本企業の進出数もアフリカ有数の規模です。自動車、鉱業、製造、金融、ITなど、多様な分野で日系企業が事業を展開し、南部アフリカ開発共同体(SADC)加盟国への物流やビジネス展開の拠点としても活用されています。広大な国内市場に加え、地域統合による市場アクセスの良さがビジネス拠点としての魅力を高めています。経済的にも文化的にも、南アフリカはアフリカ全体の動向を知るうえで重要な拠点です。日本の皆さんには、観光だけでなく、投資やビジネスの可能性という観点からも注目していただきたい国です。
2025年8月にアフリカ開発会議(TICAD)が開催されることを記念し、アフリカで働いている日本人UNDP職員の方々にインタビューを行いました。今回はインタビュー企画第一回目として、南アフリカにあるUNDPアフリカ・サステイナブル・ファイナンス・ハブ(ASFH)地域事務所で、スタートアップエコシステム支援を専門とするプログラム専門官として勤務している、原祥子さんに話を伺いました。
アフリカで働こうと思ったきっかけを教えてください。
学生時代の経験
大学時代から生まれながらの経済・機会格差に強い関心があり、アジアやアフリカをバックパッカーとして巡りました。現地で出会う暮らしや産業の違いに触れるたび、生まれた場所で人生のチャンスが左右されない社会の実現には何が必要かを考えるようになりました。講義ではBoPビジネス(途上国の低所得層を対象に、社会課題解決と収益性を両立するビジネス)やアフリカ経済に焦点を当て、在学中にはJICAの海外協力隊の先輩にウガンダでの活動を見せていただきました。勉学と実際の経験を通じて、現地の創意工夫と市場の伸びしろを目の当たりにし、アフリカのビジネス可能性に惹かれていきました。この実感が、JICA海外協力隊での現場経験や英国サセックス大学でのICT4D研究へと私を駆り立て、その後はWASSHA、Samurai Incubate、SIMI、JICA のProject NINJA等でスタートアップと投資の現場を歩きました。現在はUNDP Africa Sustainable Finance Hubで、日本とアフリカの企業・投資家・公的機関をつなぐ官民連携と起業支援に携わっています。
人口推移からみるアフリカのポテンシャル
多くの国が少子高齢化に直面する一方で、アフリカは中長期にわたって人口・購買力・若い人材が伸びる地域です。さらに、モバイル送金やラストマイル対応のモビリティなど、「飛び級(リープフロッグ)」型で普及する技術も多く、世界の課題解決に逆輸入される可能性も大きい。厚みのある需要と高い新技術受容性、その相乗効果こそがアフリカの真価だと考えています。
日本との繋がり
いま私は、アフリカの起業家・中小企業と、日本の企業・投資家・支援機関を結ぶ“橋渡し役”に力を入れています。共同実証や技術連携、投資・業務提携といった打ち手を案件ごとに設計し、相手国の社会課題と事業性(インパクト×リターン)の両立を常に意識して進めています。単発のイベントで終わらせず、次の商談や現地実装につながる導線づくりにこだわっているのが特徴です。
そして、次の大きな成長市場であるアフリカと日本を結ぶことは、日本にとっても確かな経済的メリットにつながると考えています。日本には現場で長く使える堅実な技術と、誠実なものづくり文化があり、アフリカには課題を機会へと変えるダイナミズムがあります。両者の強みを適切に「翻訳」し、技術移転、共同開発、共同投資、越境人材育成など具体的なプロジェクトへ落とし込むことが私たちの役割です。
住んでいるからこそわかる、アフリカや南アフリカの魅力について教えてください。
アフリカ大陸の奥深さと市場ポテンシャル
まずお伝えしたいのは、アフリカ大陸がいかに広大で多様であるかということです。面積は世界の約20%を占め、中国・インド・アメリカ・ヨーロッパ全体・日本を合わせたよりも広いと言われています。その中に50を超える国があり、文化や人柄、経済、政治の状況は一国ごとにまったく異なります。こうした多様性の中で、人口は今後も増え続け、若年層が厚い「次の巨大市場」として世界から注目を集めています。実際、モバイル送金や再生可能エネルギーなど、既存インフラを飛び越える“リープフロッグ”型のイノベーションが各地で生まれており、他地域への輸出やグローバル課題の解決にもつながっています。
南アフリカの観光・生活の魅力
南アフリカは大陸最南端に位置し、日本の約3.2倍の国土面積を有します。ドラケンスバーグ山脈など2,000m級の山々、カラハリ砂漠、森林、高原、平野といった多彩な地形があります。地域ごとに気候も大きく異なり、西南部は地中海性気候、西北部は乾燥した砂漠気候、東部は亜熱帯性やサバナ気候、内陸部は高原気候で昼夜の寒暖差も大きいのが特徴です。サファリや雄大な自然、ワインツアー、ブルートレインなどの高級寝台列車の旅など、観光資源は非常に豊富で、都市部は近代的な高層ビルが立ち並び、食事は手頃で美味しく、公用語は11あり、その中に英語も含まれるため、旅行者にも暮らしやすい環境です。安全面では都市部や観光地でも注意が必要ですが、現地の人々は温かくフレンドリーです。
原さんが担当している業務について教えてください。
現在、南アフリカにあるアフリカ・サステナブル・ファイナンス・ハブ(ASFH)地域事務所で、アフリカ全土におけるスタートアップや中小企業支援、デジタルプラットフォームを使用した金融アクセス向上のプロジェクトに携わっています。
スタートアップ支援― Meet the Tôshikas プログラム
主な業務の一つが、日本の経済産業省の支援を受けた、Meet the Tôshikasプログラムです。日本とアフリカのスタートアップをつなぎ、アフリカが直面する社会課題の解決と経済成長を同時に実現することを目指しています。対象国はアンゴラ、南アフリカ、ザンビアの3カ国で、現地の主要アクセラレーターや日本のベンチャーキャピタルと連携して実施しています。支援は大きく3つの柱で構成されています。
- スタートアップ・エコシステム・マッピングレポートと視察ツアー
アフリカのスタートアップ情報は海外投資家に十分届いていないのが現状です。この課題を解消するため、3カ国で現地調査を実施し、主要プレイヤー、投資機会、資金調達環境を可視化したレポートを作成・公開しました。現地では計52名のエコシステム関係者にインタビューを行い、日本の投資家も選考や視察ツアーに参加しました。また、南アフリカ・ザンビア・アンゴラの3カ国で現地調査とイベントを実施し、現地のVC、投資家、銀行、インキュベーター、アクセラレーター、イノベーションハブ、地方自治体、日本大使館、JETRO、JICAなど、計約210名の主要ステークホルダーが参加しました。レポートはこちらからご覧ください。(リンク及び画像の挿入)
2.スタートアップの個社支援― 投資準備強化プログラム
応募256社から選ばれた30社に対し、各国の有力アクセラレーターと連携して3週間のブートキャンプを実施。投資家視点の事業戦略、財務、法務、ピッチ力を強化しました。さらに、各国2社ずつ計6社を最終選抜し、現地アクセラレーターと協業して各社の課題に合わせた3か月間の集中的かつカスタマイズされたメンタリングを提供しました。最終選抜された6社のアフリカ・スタートアップについては、以下のQRコードからご覧いただけます。
3. ジャパン・インベストメント・ロードショー
最終選抜された6社のスタートアップを日本に招き、2024年8月に東京で集中的な投資家交流プログラムを実施しました。期間中、政府機関、商社、金融機関、ベンチャーキャピタル、大企業など計19社との面談やネットワーキングを行い、事業提携や投資の可能性を具体的に検討しました。参加企業は、TICAD閣僚会合や投資サミットでのピッチ、日本の企業訪問、CVC・VCとの1対1ミーティング、エコシステム視察など、多角的な活動を通じて日本市場理解と信頼関係構築を進めました。結果として、複数の企業と次の商談や共同プロジェクトに向けた話し合いがスタートし、資金調達や事業拡大の足掛かりとなっています。
アフリカ開発というと、道路や鉄道、学校などのハードインフラ整備の印象が強いですが、原さんが携わる「金融環境の整備による発展支援」は異なるアプローチだと思います。近年、開発支援のあり方は従来から変化していると感じますか。
アフリカでは、経済支援、農業支援、教育、水など、さまざまな分野で国際機関による支援が行われています。日本からの援助という観点でお話しすると、アジアで目立つ大型インフラ整備に比べ、研修や人材育成、制度整備といったソフト面の支援が比較的多いと感じます。近年は、従来型の補助金(グラント)による研修・能力強化に加え、投資を通じてスタートアップや中小企業を支援し、経済成長と社会課題の解決を同時に実現する新しいアプローチが広がっています。
こうした変化の背景には、大きく二つの要因があります。
第一に、民間企業や投資家の意識の変化です。今まであまり注目されてこなかったアフリカや他の途上国市場に対し、関心を持つ企業や投資家が増加しています。特に、従来型の商業投資に加え、ESG投資やインパクト投資といった社会的価値を重視する投資が広がり、途上国への資金流入が加速しています。
第二に、開発援助側の変化です。政府資金だけでは限界があり、民間資金の活用が不可欠となったことで、援助機関自体が投資手法を取り入れる動きが加速しています。
こうして、「グラントから投資へ」という潮流は、民間と援助機関双方の変化に後押しされ、アフリカ開発の新しい形として定着しつつあります。
投資を通じたアフリカ開発のアプローチには、どの様な利点や可能性があると思いますか?
アフリカには、社会をより良くしたいという強い使命感を持つ若い起業家が数多く存在します。彼らのスタートアップは、単なる利益追求にとどまらず、教育、医療、環境、農業などの社会課題解決を目的に事業を展開しています。こうした活動は現地の生活改善に直結し、注目が集まれば国内外からの投資が増え、事業拡大や新たな雇用創出につながります。成功するスタートアップが増えると、地域全体に起業意欲やイノベーションの文化が広がり、新しい技術やビジネスモデルが次々と生まれます。人口が増え続けるアフリカにおいて、スタートアップは生活の質向上と経済成長の両輪を担う重要な原動力です。
日本の投資家にとって、アフリカに投資することはどの様な利点がありますか?
長期的な市場ポテンシャル
アフリカは今後数十年にわたり人口増加と経済成長が見込まれ、特に若年層比率が高く、労働力・消費者層としての潜在力があります。これは日本の投資家にとって長期的に魅力的な市場環境です。
将来のビジネス戦略と現場から得られる知見
欧米や中国が既に積極進出する中、日本はまだ開拓の余地が大きい段階です。今のうちに投資で現地とのつながりを築くことで、将来の競争優位を確立できます。また、投資を行うことで現地の企業やスタートアップと直接関わり、実際の市場感覚や消費者の動向を肌で感じることができます。こうした生の情報は、一般的な市場調査では得られないものであり、将来のビジネス戦略にとって貴重な知見になります。
社会的インパクトと評価:若者や起業家への投資は、収益だけでなく社会課題の解決にもつながります。教育・雇用創出など社会貢献度の高い事業支援は、企業の社会的評価や信頼の向上にも寄与します。
原祥子 | プログラム専門官, UNDP アフリカ・サステナブル・ファイナンス・ハブ地域事務所(在南アフリカ)
新卒で日系大手IT企業に入社後、退職してJICA海外協力隊としてマラウイに赴任し、農村部でのビジネス支援に従事。その後、英国サセックス大学IDSで修士号を取得し、タンザニアなどで社会課題解決型ビジネスを展開する日系スタートアップや、アフリカ専門のベンチャーキャピタルでの業務を経験。2019年からはJICA本部およびエチオピアにて専門家として、アフリカのスタートアップ支援やエコシステム構築に携わる。2024年1月よりJPOとしてUNDPアフリカ・サステナブル・ファイナンス・ハブ(ASFH)地域事務所に勤務し、スタートアップや中小企業の成長支援を推進している。
聞き手:直井ひな TICAD Unit