レジリエンスへの投資:サヘル地域における持続可能な開発のための⾰新的な資⾦調達モデル
開催報告: TICAD9 テーマ別イベント – 特別回 アフリコンバース2025第3回
2025年10月7日
概要
2025年8月21日、TICAD 9 テーマ別イベント「特別回 アフリコンバース2025第3回」が、「レジリエンスへの投資:サヘル地域における持続可能な開発のための⾰新的な資⾦調達モデル」をテーマに開催されました。国連開発計画(UNDP)と国際協力機構(JICA)が共催した本イベントでは、サヘル地域における可能性と緊急な開発課題に焦点が当てられました。
本イベントでは、日本およびアフリカの国際的な専門家が集まり、サヘル地域における複雑かつ多面的な課題に取り組むための革新的で実践的な資金調達戦略を探る活発な議論の場となりました。
登壇者:
中村俊之氏 JICA理事長特別補佐
エルシー・ジェキーワ・アタフア UNDPナイジェリア常駐代表
糀谷薫氏 JICA 「サヘル諸国における地方行政人材開発を通じた平和と安定強化プロジェクト」副総括
ソライヤ・ディアロ氏 Bloomfield Investment Corporation 上級副社長 兼 ディレクター
モデレーター:フォーリー・バー・ティボー氏 ジャーナリスト/教育活動家
目的を示す開会:現地の解決策と効果的なパートナーシップでサヘル地域の可能性を解き放つ
JICA理事長特別補佐の中村俊之氏がイベント冒頭の開会の挨拶において、サヘル地域を対象にしたJICAの「クラスター事業戦略」を提示しました。この戦略は、ガバナンス・安全、レジリエンス・人間開発、社会経済インフラ整備という3つの柱を中心に構成されています。中村氏は、これらの柱の中で国家の統治機能の強化、国家の正当性(住民からの信頼)の担保、コミュニティの社会統合・エンパワメント、国際的な協調の促進といった軸の実現のための取り組みを強調しました。加えて、地方政府と地域社会の関係強化に向け、地方行政組織の人材育成に焦点を当てたJICA主導のプロジェクトを紹介しました。最後に、サヘル地域における恒久的な平和と持続可能な開発を実現するため、革新的な資金調達モデルを通じた持続的な関与と協働を呼びかけて、締めくくりました。
その後、UNDPナイジェリア常駐代表であるエルシー・ジェキーワ・アタフアは、サヘル地域の膨大な潜在力、特に若年層人口と豊富な再生可能エネルギー資源を強調しました。サヘルの未来への資金提供には若者への投資と地域主導の解決策が不可欠であると指摘し、従来の援助だけではサヘル地域の課題の規模に対応できないと述べました。アタフアは、「アフリカ信用格付けイニシアチブ」を含む、UNDPのブレンドファイナンスモデルや革新的なプロジェクトの取り組みを紹介しました。加えて、人間の安全保障、官民連携、草の根におけるイノベーションを推進するうえで、ガバナンス改革と制度の整備の重要性を強調しました。特に、UNDPと日本の主要な共同イニシアチブとして、サヘル地域における人間の安全保障プロジェクト、モーリタニアとナイジェリアにおける気候変動適応・災害リスク軽減活動、ブルキナファソとマリにおける平和のための地方ガバナンスプログラム、UNDPの timbuktoo イノベーション・プラットフォームが挙げられました。最後に、サヘルの未来を資金面で支える大胆な行動を強く呼びかけ、この瞬間が脆弱性をレジリエンスに変える転換点となるよう訴えて締めくくりました。
エルシー・ジェキーワ・アタフア UNDPナイジェリア常駐代表による開会の挨拶
未来を推進する:協働を通じたイノベーションの拡大に関するパネルディスカッション
「協働を通じたイノベーションの拡大」と題されたパネルディスカッションは、ジャーナリスト兼教育活動家のフォーリー・バー・ティボー氏が司会を務めました。議論は脆弱な環境における革新的な資金調達の成功事例に焦点を当て、政府、民間セクター、開発パートナー、地域コミュニティを含む多主体パートナーシップが拡張性と影響力のある解決策をどのように実現したかを強調しまし、サヘル地域のレジリエンス構築に取り組むステークホルダー間の対話の場になりました。さらに、本パネルはTICADと日本の開発理念を、脆弱・紛争影響地域において持続可能な資金を調達する重要な推進力として位置付けました。パネルディスカッションには、JICA「サヘル諸国における地方行政人材開発を通じた平和と安定強化プロジェクト」副総括の糀谷薫氏、Bloomfield Investment Corporation上級副社長であるソライヤ・ディアロ氏、UNDPナイジェリア常駐代表のエルシー・ジェキーワ・アタフアが参加しました。
多様なアプローチ、共通のビジョン
パネルディスカッションの最初のセッションでは、JICA、UNDP、民間セクターなど様々な組織が、サヘル地域における持続可能な開発・イノベーション・レジリエンスの推進に向けてどのように連携しているかに焦点が当てられました。
糀谷氏は、JICAのアプローチがサヘル地域でどのように適用されたか、特にレジリエンスとコミュニティ構築の分野でどのような成果をもたらしたかについて、成功事例を共有しました。加えて、JICAのサヘルにおける戦略は、地方行政の能力強化に焦点を当てたコミュニティベースの開発アプローチに根ざしていると説明しました。特に避難民の流入が深刻で公共サービスへのアクセスが限られている地域において、省庁地方出先機関との連携強化や、地方開発計画の管理改善が含まれています。この戦略の重要な要素として、各分野の省庁からの技術移転を通じた地域ファシリテーターやコミュニティアクセスポイントの能力強化が挙げられました。このプロセスは、自治体、地域ファシリテーター、政府機関が緊密に連携して進められ、地域主導による統合的なアプローチを確保すると述べました。
また、糀谷氏は地域レベルにおける社会的結束と経済的回復力の双方を促進するJICAの取り組みを強調しました。これは、若者を「社会的結束アンバサダー」として育成し、彼らの起業や事業開発を支援する取り組みを通じて実現されています。社会的・経済的イニシアチブを組み合わせることで、JICAは地域社会の基盤を強化し、より持続可能で包摂的な開発成果の創出を目指していると共有しました。
最後に糀谷氏は、セクターの横断的な連携(特に、給水・保健などの基礎サービスセクター間、また基礎サービスセクターと若者セクター間の連携)と、技術・行政能力構築の取り組みに対して社会活動を統合する重要性を強調しました。この統合的アプローチは、技術移転や制度的支援が地方行政のニーズと実情に即した開発モデルを確立することに寄与します。
民間セクターの視点から、ディアロ氏は、Bloomfield Investment Corporationを西・中央アフリカに強力な存在感を持ち、顧客が大陸を越えて広がるパン・アフリカ格付け機関として紹介しました。 Bloomfield の役割は信用格付けの発行にとどまらず、健全な投資判断を導くための重要な市場・経済情報も提供していると説明しました。サヘル地域の経済状況について考察したディアロ氏は、特に耕作可能な土地と天然資源の豊富さから、サヘル地域が持つ膨大な潜在力を強調しました。しかし重大な課題として、サヘル地域が現地で付加価値を付けずに原材料を輸出する傾向にある点を指摘し、これに対処するため、原材料を完成品へ転換し地域内に経済価値を留保できる農業加工産業に対して戦略的に投資する必要性を強調しました。さらにサヘル全域で深刻化するエネルギーへのアクセス不足を解決するため、再生可能エネルギーインフラの緊急整備を訴えました。エネルギー分野に加え、経済の正式化と金融包摂の推進において強固な物流システムとデジタル決済システムの役割を強調しました。農業・再生可能エネルギー・物流への重点投資は、さらなる投資を呼び込み、レジリエンスを構築するだけでなくサヘル地域で増加する若年層にとって有意義な雇用機会を創出できると結論づけました。
アタフアは、民間セクターとのダイナミックなパートナーシップを通じ、サヘル地域においてイノベーションと開発推進を図るUNDPの戦略的アプローチを共有しました。UNDPは民間投資を誘致するため適切な政策・規制環境の構築に向け、各国政府と積極的に連携していると説明しました。例として、ブレンドファイナンスイニシアチブの支援や、高い潜在性とインパクトを伴うプロジェクトの特定に役立つSDGs投資家マップの開発も戦略アプローチが挙げられます。アタフアは、サヘル地域の発展モデルが「従来の援助依存から、投資・貿易・投資家フレンドリーな政策実施への重点移行」という重大な転換期にあると指摘しました。さらに、送金とディアスポラ投資の重要性が高まっている点にも言及し、これらが地域経済強化に寄与する役割を強調しました。加えて、中小企業(SME)の輸出機会の準備を支援することで貿易促進を図る必要性を訴えました。特に重要な点として、サヘル地域における開発戦略は現地の文脈に応じたものでなければならず、持続可能で包摂的な成長を確保するためには、幅広い民間セクター関係者との緊密な連携が不可欠であると強調しました。
糀谷薫氏 JICA 「サヘル諸国における地方行政人材開発を通じた平和と安定強化プロジェクト」副総括
信頼とイノベーションの構築
パネルディスカッションの第2部では、サヘル地域において投資家の信頼を醸成し、革新的な資金調達モデルの効果的な実施を支える環境整備が焦点となりました。登壇者は、持続可能な投資を誘致するために必要な政策・制度改革、認識されるリスクを軽減させることに加え、サヘル地域の発展において民間セクターの参加を促進するために重要な透明性とガバナンスの指標について議論しました。糀谷氏は、サヘル地域で革新的な資金調達モデルを効果的に導入するには政策・制度改革が必要だと強調しました。インフラ整備や民間・新興セクターが発展するための環境整備において、公共部門が果たす重要な役割を指摘しました。地域レベルでの経済活動の活性化には明確な段階的アプローチが必要であると強調し、マクロレベルの改革と地域密着型コミュニティモデルの構築を並行して進める二本立ての戦略を提唱しました。また、地域の事業者が中小企業へと発展するための強力な支援体制とパートナーシップ構築の重要性を指摘し、これが地域の長期的かつ持続可能な発展の確固たる基盤となり得ると述べました。
投資家が特定の地域に投資する前に求める要件についての質問に対し、ディアロ氏は、サヘル地域の投資家も他の地域と同様に、情報に基づいた意思決定を行うため、透明性が高く信頼できるデータを必要としていると強調しました。パン・アフリカの格付け機関としてBloomfieldが、国家開発計画、公的財政、債務比率、ガバナンス改革を分析し、地域諸国の財務格付けを算出することで、この透明性確保に重要な役割を果たしていると説明しました。投資家にとって機会とリスクの両方を理解することが不可欠であり、各国は自国の課題とリスクプロファイル改善に向けた取り組みについて透明性を保つ必要があると指摘しました。この透明性は、投資家の信頼構築と健全な投資判断を支えるうえで極めて重要です。例えば西アフリカでは、各国が債務対GDP比率を70%未満に維持することが求められており、Bloomfield Investment Corporationの評価ではこの基準達成の有無や、政府が課税を通じて十分な歳入を確保しているかを審査し、それに基づいて作成される信用報告書は、各国の強みと弱み、懸念事項に対処するために実施されている措置を明らかにするものであると強調しました。
アタフアは、リスク認識への対応の重要性を強調しつつ、サヘル地域への投資誘致にはデータ精度の向上が不可欠だと指摘しました。各国が客観的で投資家向けのデータを提示できるよう支援する「アフリカ信用格付けイニシアチブ」を通じたUNDPの取り組みを紹介し、Bloomfieldのようなパートナーとの連携により、サヘル地域の可能性に焦点を当てた情報発信へ転換する意義を強調しました。特に効果的なパートナーシップが不可欠となる脆弱な状況において、JICAやTICADを通じた日本の役割が、開発資源の最適化とレジリエンス促進に寄与していることを指摘しました。加えて、チャド湖流域の地域安定化ファシリティ(RSF)のような事例は、かつて苦境にあった地域社会における安定化が民間投資を呼び込む可能性があると述べました。 アタフアは、デジタル化、貿易、技術がイノベーションとより親密な協働のための重要分野であると強調しました。
気候変動とエネルギー問題について、アタフアはナイジェリアのエネルギー転換計画をモデルとして、民間セクターによる大規模投資を呼びかけた。資本を誘致する手段として、リスク軽減ツール、財政的インセンティブ、革新的な保険スキームを挙げました。最後に、従来の援助を超えて対等なパートナーシップへの移行することで、エネルギー投資をサヘル地域の発展とレジリエンスの推進力につなげることを強く促しました。
未来を創る:サヘル地域における持続可能な開発のためのパートナーシップ強化
パネルディスカッションの第3部では、サヘル地域におけるパートナーシップと協働の将来像に焦点を当て、政府、国際機関、民間セクター、地域コミュニティ間の協調的な取り組みを通して、サヘル地域の持続可能な開発とレジリエンスを推進させる方法を模索しました。登壇者は、サヘル地域の複雑な課題に対処するため、新たな機会を創出し、革新的で包摂的なパートナーシップを築くの重要性を強調しました。糀谷氏は、サヘル地域との日本のパートナーシップにおいて若者の参画を優先すべきと主張し、サヘル地域の若者が社会開発に貢献する好事例を広く発信すること、また日本とサヘル地域の若者間の連携を促進することの重要性を指摘しました。そして、JICAの人材育成における専門性がこの取り組みで重要な役割を果たし得ると述べました。日本のサヘル関与における投資対効果について論じる中で、目的は慈善ではなく経済回復を可能にし民間投資を促す安定した環境の構築にあると明確にしました。土のうを用いたインフラ整備などの地域密着型プロジェクトを例に挙げ、これらがレジリエンス構築と若年層の短期雇用創出の両方を実現すると指摘し、こうした取り組みは中小企業の育成、社会的結束の強化、地域のイノベーションと長期投資の基盤整備に寄与することを強調しました。
一方ディアロ氏は、民間セクターの視点からアフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)が提示する機会と課題の両方を強調しました。AfCFTAが広大な統一市場を提供する一方で、アフリカの金融市場は依然として分断されたままであり、国境を越えた資金調達を制限し、各国や企業が外部資金に依存せざるを得ない状況にあると指摘しました。ディアロ氏は、地域および大陸規模の金融市場を発展させることで、アフリカ資源がより効果的に交換・活用されるようになると可能性を語りました。また、資金が特定プロジェクトではなく一般予算に吸収されることが多く、実際の影響を測定するのが困難であるため、資金の配分と追跡においてより精密さが求められると指摘しました。
これを受け、アタフアは、多様なアフリカ通貨の資金移動が課題として残る中で、アフリカ輸出入銀行(Afreximbank)が開発したパン・アフリカ決済システム(PAPSS)を通して取り組んでいると説明しました。PAPSSはアフリカ域内貿易におけるシームレスな通貨換算と決済を可能にすることで大陸全体の金融統合を促進しています。
会場からの質問
パネルディスカッションは、会場からの質疑応答で締めくくられました。質疑は主に、サヘル地域の豊富な鉱物資源と、持続可能かつ公平な管理を確保するための同分野におけるガバナンス改善の必要性に焦点が当てられました。中でも重要な論点は、この目標達成におけるソブリン・ファンドの潜在的な役割でした。ディアロ氏は、多くの国で改正された鉱業法が、鉱業会社に対して税金やロイヤルティを通じて鉱業基金への拠出を義務付けていると説明しました。その枠組みのもと 、ブルキナファソにおいてBloomfieldが鉱山企業と協働した事例として挙げ、鉱業法が鉱山事業者からのロイヤルティと手数料で資金調達するソブリン・ウェルス・ファンドを創設したことを強調しました。この基金は鉱業セクターの発展と国家全体の優先課題の両方を支援することを目的とし、国による独立した管理が図られています。
聴衆の質問を受けてアタフアは、民間セクターがソブリン・ウェルス・ファンドを直接管理しない場合もあるが、これらの基金は理事会や監査といったガバナンス機能の対象となり、政府側の説明責任と透明性を確保していると強調しました。加えて、民間セクターの関与が限られていることが必ずしも透明性が欠如していることと同義ではない点を指摘しました。
モデルとなりうるサヘル諸国について質問を受けた糀谷氏は、地方自治体と地域社会の信頼構築に重要なコミュニティ開発において、説明責任と透明性に関する取り組みを積極的に行っている国としてブルキナファソとマリを例に挙げました。加えて、こうした戦略の拡大計画として、JICA「サヘル諸国における地方行政人材開発を通じた平和と安定強化プロジェクト」では、サヘル諸国間でのセクター横断的な教訓・知識の共有を促進し、効果を最大化するとともに、国際的な資金調達を図るためのセミナーやワークショップを取り入れていることを紹介しました。
結論として、本イベントは日本の専門家とアフリカを主とする国際的な専門家が、サヘル地域の複雑な課題に対処するための革新的かつ実行可能な資金調達戦略を検討する有意義な場となりました。活発な議論を通じて、多様な資金源の動員やガバナンス改善の促進から、地域社会の関与強化や経済多角化の促進に至るまで、持続可能な開発の主要な推進要因が浮き彫りとなりました。これらの議論は知見の共有にとどまらず、具体的な次のステップにつなげ、より強靭で繁栄するサヘル地域の基盤構築を目指して行われました。
日時:2025年8月21日 15:20~16:50(JST)
会場:パシフィコ横浜 展示ホールD
形式:ハイブリッド(対面参加:37名、オンライン参加:45名)
使用言語:英語、日本語、フランス語
共催: 国際協力機構 (JICA)、国連開発計画 (UNDP)