数々の人道危機を前にUNDPが果たす役割とは

ハジアリッチ秀子 駐日代表インタビュー

2024年1月29日
Photo: UNDP Tokyo

2023年6月にUNDP駐日代表に着任したハジアリッチ秀子は、これまで20年以上にわたり、世界各国の開発現場や本部で多様な経験を積んできました。ウクライナやガザをはじめ、数々の人道危機を前にした今、UNDP駐日代表事務所の役割とは何か、特に着目している「人道・開発・平和の連携」とはどのような考え方でなぜ重要なのか、そして日々の仕事において心がけていることなどを聞きました。

Q1: ハジアリッチ駐日代表は、様々な国の現場で働いた経験が豊富です。どのようなところから開発や平和構築、危機対応という分野での仕事を始めたのでしょうか? 

国連ではフィジー共和国で選挙オブザーバーを務めたり、その後UNDPボスニア・ヘルツェゴビナ事務所にて、ガバナンス・プログラム担当のジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO) をさせてもらった経験が自分の「糧」となりました。デイトン和平合意というものがボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を終わらせましたが、これは血が流れることを止める(戦闘を終結させる)ために締結された和平合意です。決して持続的な効果を生み出す合意ではありませんでした。つまり、和平に合意したら平和が来るわけではない。和平合意は「必要」であるけれど 「十分」ではない、という現実を突きつけられました。持続可能な平和をもたらすには、紛争を生み出さないための国の制度や社会経済の仕組みづくりなど、国全体の開発が欠かせないということを実感しました。

ボスニア戦争では約10万人が命を失った。終戦から7年後にJPOとしてキャリアを開始。

Photo: UN Photo/A. Burridge

Q2: 近年、世界では紛争が多発し、長期化しています。数々の人道危機に直面する中でどのような取り組みが重要だと考えられますか? 

人道危機に対応する取り組みにおいて「人道・開発・平和の連携、略称HDPネクサス (Humanitarian, Development and Peace Nexus: HDP Nexus) 」という考え方が特に重要であると感じます。 HDPネクサスとは人道危機対応の三本柱である人道支援・開発・平和構築に携わる様々なアクターたちがバラバラにそれぞれの活動を行うのではなく、より緊密に連携し、相乗効果を出すような分野横断的なアプローチを促進するものです。

危機発生後にまずは緊急人道支援(食料や水の提供など)を行い、人道支援が終わる頃になって初めて中長期的な開発(インフラの整備、難民・避難民の教育・自立支援など)に取り組むのではなく、人道危機の初期段階から、人道支援と開発の両方を同時並行で進めていくことでより大きな効果が生み出せます。

ただし、人道支援と開発をいくら連携して実施しても、紛争が勃発すればその成果は台無しになってしまいます。そこで、第三の要素として、平和を構築し、人道危機の要因である紛争の発生を防ぐ取り組みも連携する必要があるということが指摘されるようになりました。具体的には、法制度の整備や兵士の武装解除、難民や国内避難民が故郷に帰還する際の生活支援など、紛争再発予防や貧困削減などの取り組みを継続的に展開していくものです。開発協力に平和構築や紛争予防の取り組みを横断的に主流化させることの重要性は、ボスニアにて私が任務に携わった2000年代にはすでに指摘されていました。

人道支援・開発・平和構築の効果は相互補完的です。平和の取り組みを連携させることで人道支援や開発がより効果的になり、逆に、人道支援や開発を通じて暴動を防ぎ紛争の根本原因に対処することで、平和を推進できます。将来に向けてさらに持続可能な社会を築いていくためにはHDPネクサスを通じた協働事業が欠かせません。

UNDPイラクに勤務していた際は、地元の人々と協働で行う地雷撤去のプログラムに携わりました。地元の人々と協議を重ねた上で、教育機関や医療機関、農地など最も生活に重要な場所に安全に足を運べるように優先的に地雷除去を行ったほか、戦時中に足を失った人のために義足を作るサポートや、活動を担う現地政府の組織能力開発にも取り組みました。地雷撤去と聞くと人道支援や平和構築を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、このように、地雷撤去を通して、農業の生産性を高め、教育や保健サービスへのアクセスを改善し、現地政府の能力強化を図るなど、開発の成果も見込めるのです。このように、開発と人道支援を同時に統合した形で行い、平和にも繋げる相乗効果を出していくことがHDPネクサスの意義です。

スーダン南部 (スーダンと南スーダンの国境近辺で) 

Photo: UNDP / Hideko Hadzialic

Q3: HDPネクサスを促進していく上では、何が重要でしょうか?

HDPネクサスを行う上で常に大切にしなければならないのは「人間の尊厳」です。

人道危機の現場においては人道支援が長引いてしまっている現状があります。支援は、長引けば長引くほど慢性的になっていきます。支援を受けている人々は、人に頼る生活を終えて早く自立したいと願っています。人間の尊厳を保つ上で、いかに人道支援に依存しすぎないような形で支援を継続していけるかが、開発の「鍵」を握っています。そのため、UNDPは現地の人々の声を反映できるような意思決定の仕組みづくりや、協働作業を通じた活動を推し進めています。

また、尊厳と関連して重要なのは、現地の人の「オーナーシップ(現地のことは現地の人が主体となって決めていくという考え方)」に基づく「地域自治(ローカル・ガバナンス)」の強化です。地方政府を取り囲む市民社会組織や人々が主体となり、ローカル・ガバナンスを推進していくことが、HDPネクサスの重要な基盤となります。

例えば、私がUNDPスーダン事務所に赴任していた際には、自治体の役人、コミュニティの人、難民キャンプの代表などが集い、協働して計画を練り農産物を作り、売り、生計を立てていく「ローカル・マネジメント」のシステム構築に努めました。その実施にあたって、外部者であるUNDPなどは上から命令を下すのではありません。主体は現地の人々で、私たちはあくまで支え役に徹しました。

ダルフールでのプロジェクト実施サイト訪問時

Photo: UNDP / Hideko Hadzialic

Q4: 様々な人道危機に直面している今、UNDP駐日代表事務所に求められることはどのようなことでしょうか?また、駐日代表として今後取り組んでいきたいことはありますでしょうか?

UNDPの主なパートナーは日本政府です。 UNDP駐日代表事務所の役割は、日本の外交政策とUNDPの強みを組みあわせて、双方にとって重要な政策を効果的に実施していくことです。

具体的には、まず世界で人道危機が長期化・複雑化する中、日本政府と共同でHDP ネクサスをこれからも増して推進していきたいです。昨年6月に改訂が閣議決定された日本の「開発協力大綱」にも、HDPネクサスを重要視する文言が盛り込まれました。

また、UNHCRが行う難民支援と並行し、UNDPによる難問受け入れコミュニティーにおいてもサポートを行い、それが国連やNGOにとっても、日本やその他の国連加盟国にとっても有益になるように努めていきたいと思います。昨年12月、「グローバル難民フォーラム」という国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)主催の会合が開催されました。ここでUNDPは日本政府と共にドナー国、難民受入国、国際機関等が連携するためのプラットフォームとして、HDPネクサスを推進するマルチステークホルダー・プレッジ(宣言)を打ち出しました

さらに駐日代表事務所のもう一つの大きな役割は、メディアなどを通して日本の方々に「いかに国連を通じた日本政府からの国際支援が大切であるのか」発信することです。そうすることでUNDPの活動現場で起きている現状やUNDPの活動を報告し、日本とUNDPとの協力体制をより強化していくことになります。世界で起こっていることは直接、あるいは間接的に日本に影響します。戦争や紛争は食糧やエネルギーの価格変動のみならず、環境問題や気候変動にも関わります。また、戦争や紛争で文民、とりわけ子どもたちが無差別に殺されるのは国際人道法にも反するものであり、決してあってはならないことです。

Photo: UNDP Tokyo

Q5: 最後に、働く上でどのようなことを大切にされているのか、ハジアリッチ駐日代表の想いに迫ります。どのような時に仕事のやりがいを感じますか?またどのような課題に直面していますか?

支援活動が行われている国事務所から活動の写真や報告が送られてくる時に仕事のやりがいを感じます。また、国事務所の人たちとコミュニケーションをしていること自体にもその人たちの熱意が伝わってくるのでやりがいを感じます。

現在直面している課題としては、どのような方法でより多くの人にメッセージを届けられるかという点です。国連の記事やUNDPのウェブサイトを見てくださっている方々は、多かれ少なかれ国連というものに興味があるから見てくれています。しかし、世の中には国連のことをあまり知らない人々が多いでしょう。前からの支援者を維持することと共に、新しい媒体などを開拓し、どのように支援の輪を広げられるのか。若い人からお年寄りの人まで、幅広い年齢層の方に興味をもっていただきたいと思います。

支援の現場に足を踏み入れることに関心はあるが、まだ踏み出せずにいる若者に対して、一歩を踏み出すメッセージをお願いします。

若いのであれば、可能な限り現場勤務に挑戦することをおすすめします。人生の中では出産や子育て、介護などで、一定期間、現場で働けない時期が来ることもあります。だからこそ、行ける時に行くことをお勧めします。

安定思考の方々にとっては、定期的に赴任地が変わることに対して「きつい」という印象を抱かれるかもしれません。しかしある意味で、毎回リセットできることは、特権であると思います。同じ国連という組織で勤務はしていても、数年おきに仕事をする場所が変わり、仕事のカウンターパートが変わり、仕事における優先順位が変わり、仕事をしている同僚も変わる。自分自身が確実に強くなりますし、同じ組織にいるのに飽きない、新しい発見や実践的な学びの機会に遭遇したりという楽しみもあります。

最後になりますが、人はそれぞれ違います。正しいキャリアパスなんてありません。私たちはアドバイスは伝えられますが、最終的にはご自身の心に従って動くべきです。最も理想的なのは「自分がやりたい」と思うこと。「わくわくする」ものに出会えたら、それはサインです。何かご縁があると感じたり、これを「絶対にやりたい」と思ったりする時がくるはずです。国連は多様性のある職場です。自分の心に素直に耳を傾けながら、オープンマインドで進まれるといいと思います。

ハジアリッチ秀子駐日代表(左)と大澤彩UNDP駐日代表事務所インターン(右)

Photo: UNDP Tokyo

ハジアリッチ秀子 UNDP駐日代表 
同志社大学文学部社会学科、フィリピン大学大学院国際研究(修士)、ハーバード大学ケネディ行政大学院(修士)を卒業。ワシントンDCの研究所で勤務後2002年よりUNDPボスニア・ヘルツェゴビナ事務所で勤務。その後2006年からUNDPイラク事務所、2007年にはUNDP本部開発政策局でミレニアム開発目標達成支援の仕事に携わる。 2011年よりUNDPブータン常駐副代表、2014年からUNDP本部管理局長室でマネジメントアドバイザー、 2017年にはUNDPスーダン常駐副代表に就任。2019年からUNDPクウェート常駐代表、2023年4月以降同国にて国連常駐調整官として兼務。 2023年6月より現職。