やさしいおにぎり

野田章子 国連事務次長補、国連開発計画(UNDP) 総裁補 兼 危機局長

2026年3月2日
Person in dark clothing emerging from a hole in collapsed rubble and debris.

砲撃の⾳が聞こえて幼い兄弟が塹壕に駆け込む (2002)

Photo: Masaru Goto

2025年4月、私は地元関西で55年ぶりの開催となった大阪万博に、わくわくしながら訪れました。UNDP主導の平和、人道、開発のテーマを織り込んだ国連パビリオンでの展示、未来志向のテクノロジーや色彩豊かな各国の展示、国際ジャズデーのコンサートなど、盛りだくさんの一日でした。

Two people in business attire converse in front of a colorful SDG wheel on a blue wall.

野田章子UNDP危機局長とマーヘル・ナセル 2025年大阪・関西万博国連陳列区域代表。国連パビリオンの前で。

その中で最も忘れられない体験が、映画監督の河瀬直美さんが手がけたシグネチャーパビリオン「Dialogue Theater - いのちのあかし -」で行われていた「対話」セッションでした。Dialogue Theaterの趣旨は、初めて出会う互いのことを全く知らない二人が約200人の参加者の目前で一期一会の対話を行い、国境・人種・宗教・文化などを超えて“違い”の先につながりを見出すというものです。私は参加者の中からその二人の一人として選ばれ、10分間の対話に臨みました。

セッションの後に、河瀬監督の計らいで特別にお互いを紹介することができました。私の相手は戦争の現場を長年取材し、数多くの記録を残してきた写真家の後藤勝さん。社会的弱者を支援したい共通の思いを抱えているためか、心温まる会話が続きました。

その時の「次は東京で会いましょう」という約束から、9か月。この1月に東京に立ち寄った際に、「対話」の続編が叶いました。

万博での当日、「Dialogue Theater」参加者を代表して、スクリーンに現れる見知らぬ人との対話をすることになり、不安でいっぱいながら会場前方のステージに歩いていきました。与えられた対話テーマは「あなたがこれまでに感じたいちばんのやさしさはなんでしたか?」。真っ暗な会場の中、突如スクリーンに映った私の対話の相手。初対面の後藤さんとどう話を進めていいのか戸惑い、質問に対する自分の答えも考えつかないまま、私はまず彼に話してもらおうと思い、この問を率直に投げかけました。 

名古屋出身の後藤さんは紆余曲折の末に沖縄で17歳まで過ごし、その後上京を決意して鹿児島からフェリーに乗りました。しかし上野駅に着いた直後、所持していた財布と荷物がすべて盗まれてしまったのです。途方に暮れる後藤さんに声をかけたのは、ホームレスの男性でした。お腹を空かせた後藤さんを炊き出しに案内し、その時に差し出された温かいおにぎりの一口のやさしさを、後藤さんはいまでも鮮明に覚えているそうです。 

もらったのは、具は入っていないおにぎり。「あのおにぎり、おいしかったなぁ」と深くつぶやいた後藤さん。その時のおむすびをくれた人の顔が、今でも目に浮かぶそうです。

Photo: UNDP Tokyo

支援の両側

後藤さんと会話が進む中、私はふとアメリカ留学時代に参加したホームレス支援のボランティアの経験を思い出しました。その時は食事を配ることで精いっぱいで、後藤さんの様に支援を受ける側の気持ちを想像する余裕はありませんでした。

現在はUNDPとして「支援する側」に立つ私自身。人道開発援助に携わる私たちは、支援規模が大きくなるほど、専門用語を用いて総括された結果や情報を報告する場面が増えていきます。しかし、その過程で果たして支援を受ける側の気持ちまで汲み取れているだろうか。後藤さんが抱き続ける記憶に触れたとき、支援の最先端にいる一人ひとりの存在の大切さを改めて思い返しました。

Dialogue Theaterで「対話」の力に触れて以来、後藤さんは日本の刑務所や少年院で受刑者との対話を始めました。自ら心を開くことで、少年たちが少しずつ胸の内を語り始めるといいます。多くの子どもたちは環境によって道を踏み外してしまうことがあります。一方で「なぜ彼らが犯罪に至ったのか、その背景を知るきっかけになれば」と後藤さんは話します。そしていつか社会に戻る日、地域の理解を深める一助になればと願って活動を続けています。

また、地域の人々との対話にも力を入れており、ある住民の方からの言葉が大きな励みになったそうです。「身近な人を大切にし、隣人を大切にする。そのつながりが広がっていけば、いつか国と国の平和にもつながるのではないか。」この想いは、まさに UNDP が日々の支援の現場で向き合っている、避難民と受け入れる側のホストコミュニティ双方が抱える課題にも通じるものです。支援そのものに加えて、互いを理解し尊重し合おうとする共生への思いこそが、平和の土台になるのではないでしょうか。

日本などのパートナーからの支援により、UNDPは紛争の影響を受けた地域社会に対し、技能訓練、主要サービス、グリーンエネルギーを提供しています。

Photo: UNDP Ukraine

「強さ」のカタチ

後藤さんは30年以上海外で生活し、取材を続けてきました。HIV/エイズに関する取材ではカンボジアやタイで人身売買の現場や感染の連鎖に向き合いました。カンボジアでは戦争が終わった1998年以降も続くその感染蔓延の悲劇を記録しました。

「自分は目撃者であり、メッセンジャーだと思っています。死の淵にいる人を目の前にし、その人を写真に収めないと忘れ去られてしまう。自分が記録することで、その人たちがこれからも存在し続ける」と信じて、シャッターを切ったと後藤さんは語りました。

私が「その強さはどこから来るのですか」と尋ねると、後藤さんは南米コロンビアでの出来事を話されました。人権団体の記録員として活動していた頃、左翼ゲリラの支配下だったコロンビア北部の町に滞在していました。しかしその街を取り戻そうと組織化された右派民兵が総攻撃を始め、友人や同僚が誘拐され次々と行方不明になり、そして目の前で暗殺されます。最後は二人だけが生き残りました。その一人が後藤さんでした。

「自分が間接的に殺してしまった気がしている。だから思いを背負って生きて、伝え続けなければならない」と後藤さんはその思いを話してくれました。その悔いが、いまも後藤さんを動かし続けているのです。

暗殺された家族の遺体に駆け寄る妻と娘 (コロンビア/1992)

Photo: Masaru Goto
Dusty rural road with tanks on the left; a shirtless boy stands on the grassy verge.

前線に向かう戦⾞を⾒つめる⼦供 (カンボジア/1992)

Photo: Masaru Goto

偶然にも私は2月にコロンビアに出張することになりました。2016年に平和協定が結ばれてから10年。総人口5千万人のうち7百万人が現在も国内避難民という現状が続く中でも、人権という視点を中枢に平和の配当が徐々にコミュニティに浸透しているのを感じ、後藤さんにも今のコロンビアを見てほしいと思いました。

2026年2月、コロンビアへの現地視察に

また、困難な時に発揮する「強さ」について語り合った際、後藤さんは河瀬監督との忘れられない瞬間を話してくれました。それはDialogue Theaterのオーディションでのこと。後藤さんは過去の辛い記憶が溢れ、言葉を詰まらせてしまったそうです。その時、河瀬監督は何も言わず、そっと寄り添ってくれたといいます。その無言の瞳の奥に、「あなたなら戦争の悲惨さを伝えることで、いつか争いを止められる」という思いを感じたといいます。「強さとは、言葉や行動だけではない。寄り添う姿そのものにも強さがある」。後藤さんはそのとき、初めて『支える強さ』を感じたと語られました。

強さ。私も今でも覚えている瞬間があります。阪神・淡路大震災の時に母や多くの女性たちの強さを感じたのもありますが、それはテレビのニュースで偶然目にした、被災した一人の女性です。自らも大変な状況にありながら、被災地を訪れた政治家の方を逆に励ます女性たちの姿を見て、人間の強さを見ました。

今回の対話を通して思ったのは、強さには三つの姿があるということです。ひとつは、物事を前へと押し進める力。ひとつは、苦境にあっても折れずに立ち上がろうとする力。そしてもうひとつは、相手に寄り添い、静かに支えようとする力です。河瀬監督の澄んだまなざしにも、震災の地で見た女性たちの背中にも、「人を支える力」がありました。その三つの力が重なり、他者へと伝わっていくとき、きっと新しい道がひらけていくのだと思います。

野田章子危機局長と写真家の後藤勝さん

Photo: UNDP Tokyo / Hideyuki Mohri

対話から平和へ

後藤さんは参加オーディションで河瀬監督自身が企画への思いを語った「国と国との分断をなくしたい」という言葉を、今も覚えています。人と人がつながり、その輪が広がれば、いつか国家間の分断も越えられる。そんな希望が、静かに、そして確かに灯っていたのです。後藤さんは、戦争は人の命を奪うだけではなく、生き残った人が背負うものもあると話します。「対話を通じて、世界で続く戦争の影にある“生き残った人々が背負っているものの重さ”も想像してほしい」と語ります。

4月の万博会場で河瀬監督と初めて会ったあの日、彼女は「映像を通して戦争をなくしたい」とまっすぐに私の目を見て語りました。平和への思い、平和に向けての努力が、日本国内でもある。「対話」という小さな始まりが、いつか平和への礎となる。そんな希望を、静かに、しかし確かに感じさせてくれる時間となりました。

後藤さんは最後に、国連への思いを語ってくれました。「今、世界には厳しい状況にある国がたくさんあります。国自体が機能しなくなることもあります。そんなとき、国連は最後の頼りの綱なのです」。誠意のこもったこの言葉は、私の決意を新たにするものでした。