現在、そして未来における人間の安全保障の確保に向けた 医療システムへの投資

グローバル医療のもろさがコロナ禍の悪化を加速し、人間開発の障がいに

2022年2月24日

アブジャ(ナイジェリア)のコロナワクチン接種センターの前を通り過ぎる女性。WHOのデータによると、HIVや結核、ポリオなどの疾病との数十年にわたる闘いが、コロナ禍によって混乱をきたし、結核による死者も2005年以来、初めて増加に転じています。 | REUTERS

アヒム・シュタイナー UNDP総裁
武見敬三 参議院議員・UNDP人間の安全保障に関する特別報告書ハイレベル諮問パネル共同議長

2022年2月18日

世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を公衆衛生上の緊急事態と宣言してから、すでに2年以上になりますが、その世界的大流行(パンデミック)は依然として、世界各地に混乱を引き起こしています。

現代科学により、新型コロナウイルス対策に必要な多くのツールがもたらされたものの、これらツールの供給は不平等な状態であるために、世界は新たな変異株のリスクにさらされ、パンデミックの終焉にはまだほど遠い状態が続いています。

しかし、感染者数や変異株、日常生活の中断に加え、コロナ禍はさらに重大な問題として、私たちの医療システムが抱える大きな不公平と脆弱性を露呈させました。その結果として圧力の高まりが生じ、コロナ禍以前から7人に6人がすでに不安を感じていたこの世の中で、信頼やコミュニティの安全を浸食し、全世界で数百万人の健康を危険にさらしています。

国連開発計画(UNDP)が発表した新たな報告書は、健康と人間の安全保障との間の重要な関係に着目し、人間の安全保障に対する潜在的な脅威から個人を守るためには、強靭な医療システムが欠かせないことを強調しています。世界的な優先課題として、医療システムへの投資を直ちに拡大することで、コロナ禍への公平な対応を強化し、その他の医療課題に取り組むとともに、将来の新たなパンデミックに対する備えとレジリエンスを強化せねばなりません。

各国の医療システムの間にある大きな格差がさらに拡大していることから、特に低・中所得国は無策のツケを毎日払わされています。UNDPの報告書によると、1995年から2017年にかけ、人間開発指数低位国と最高位国の間の医療格差は、10%以上も拡大しています。

多くの低・中所得国では、脆弱で能力の限界に達した医療システムが、既存の疾病対策プログラムや必須の医療サービスから資源を流用するか、これを全面的に中断することで、コロナ禍への対応を強いられています。例えば、子どもの定期予防接種率は2009年以来、最低の水準に落ち込み、1歳未満の子ども2,300万人が基礎的な予防接種を受けられていないと見られます。HIVや結核、ポリオ、はしかなどの疾病との数十年にわたる闘いも混乱をきたしており、WHOが集計したデータによると、結核による死者は2005年以来、初めて増加に転じています。

生命を救う医薬品や医療技術へのアクセスの不平等は、低・中所得国の脆弱性をさらに助長しています。豊かな国が3回目以降のブースター接種を実施する一方で、多くの低所得国は依然として、初回のコロナワクチン接種さえ満足に実施できていないからです。ワクチンの供与を受けた国でも、その迅速な展開に必要な支援を欠くケースが多く見られます。

脆弱な医療システムの副産物として、コロナ禍は人々の健康だけでなく、人間開発全体にも影響を及ぼしています。2021年の国連報告書によると、コロナ禍によって世界の教育、医療、貧困問題における開発の成果は15年分、逆戻りしました。2020年には、インフォーマル部門で働く労働者およそ16億人の収入が60%減少したこともあり、世界の貧困は1998年以来、初めて増加しています。

コロナ禍によりこのような後退を強いられたとはいえ、医療システムの構造的弱点を是正し、人間の安全保障を確保するために取れる明らかな対策はあります。例えば、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジを前進させれば、全ての人が医療を受けられる状況を確保し、必須の医療サービスを届ける体制を整え、疾病監視とリスク伝達の力を強化できるでしょう。全ての国が疾病の発生を早急に検知し、そのパンデミックへの発展を防ぐ能力を身に着けられるよう、今こそ医療システムに投資し、セクターを超えたパンデミック対策への取り組みを強化すべき時です。

UNDPと日本政府が主導する新規医療技術のアクセスと提供に関するパートナーシップ(ADP)グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)は、このような取り組みを代表する2つの事例です。こうしたパートナーシップに基づき、様々なセクターや国が越えて連携し、低・中所得国におけるコロナ禍対応を支援する一方で、結核やマラリア、顧みられない熱帯病といった既存の健康課題に対してはなるべく影響を抑えられるよう努めてきました。ADPは南南学習の促進にも役立っているほか、日本政府とADP、GHIT Fundが設立した協力プラットフォーム「新規医療技術、アクセスと提供のための協働(Uniting Efforts for Innovation, Access and Delivery、通称Uniting Efforts)」は、公平なアクセスを研究開発の一部とするための活動を展開しています。

将来の脅威から身を守るためには、このような協力が欠かせません。コロナ禍は、私たちが直面することになる最後のパンデミックではないからです。

人間の健康は気候の健康と密接に結びついています。そして、感染症や健康に影響を及ぼす気候危機は、私たちが直面する人間の安全保障への最大の課題の一つです。私たちが今、医療システムの強化に投資することは、個人とコミュニティの今後数十年にわたる長期的な安全への投資となります。

私たちは今の世代、そして次の世代のために、より環境に優しく、より安全で、より良い未来に向けて歩を進める中で、グローバルな公約を果たし、誰一人取り残さないシステムに投資する必要があります。そのことによって、世界を強靭な場所とし、数十億人を欠乏や恐怖から守ることができるのです。