ウクライナの女性起業家4人が、戦時下でのビジネス構築について語る

By: Oleksandra Brashovetska, Innovation Unit, UNDP Istanbul Regional Hub

2023年3月6日
「弱音を吐くわけにはいかない。今こそ、私にできることすべてをやらなければいけない。」
オレーナ・リアシェンコ(アプリ開発企業創業者)

ロシアによるウクライナへの全面侵攻により、760万人以上(データ出典:UNHCR、2022年)のウクライナ人が母国を離れ、教育を一時的に中断したり、仕事を辞めたり、家族や親族と離れたりしなければならなくなりました。難民の大部分(推定90%)は女性と子どもであり、戦争の脅威から逃れています。しかし、新しい場所で安全な避難場所を見つけたとしても、女性が生活を再開すること、働きがいのある人間らしい仕事や適切な雇用を見つけることは依然として困難なことなのです。

安全が脅かされる環境において、女性の家庭や日常生活だけではなく、ビジネスやイニシアチブの立ち上げなど、自らの仕事上の成長に対する希望や夢までもが根こそぎ奪われています。UNDPのBOOST女性イノベーターアクセラレーションプログラム ( UNDP’s BOOST Women Innovators) に参加するウクライナ人起業家の1人は、「事業を立ち上げるだけでも十分困難なのに、戦争下でそれを行うことはもっと困難です」と言います。最も希少な資源は時間とお金です。それとともに、人脈や知識、そして何よりサポートが不足しています。」と語っています。

BOOST Women Innovators を修了したウクライナの女性起業家4名に、強制移住や再定住、戦争による困難さについてお話しを伺いました。彼女たちのイノベーションや事業、そして乗り越えた課題、見えてきた可能性、これから目指す新たな方向性について体験談を交えて語っていただきました。

これは、彼女たちのストーリーです。

 

オレーナ・リアシェンコ
Apps Makers

6年間、オレーナ・リアシェンコさんは多くのデジタルスタートアップ企業やソーシャル案件に関する仕事をしてきましたが、戦争が始まると同時にオーストリアに避難しました。「ウィーンのソーシャルセンターを訪れた時、子ども連れの女性が大行列を作っていました。皆、疲れや混乱、将来について心配していました。私はどうすれば彼女たちを助けられるだろうかと考え始めました。」そこでリアシェンコさんは女性たちと関係を築き、女性たちが幅広い学歴や職歴を持っていても、多くが清掃関連で働いていることを知りました。さらに、女性たちの状況をより深く理解するために、リアシェンコさん、はソーシャルメディア上で地元の難民グループのコミュニティーに参加しました。そこでも、多くのウクライナ人女性たちがサービスを提供したり助けを求めたりしていることを知りました。女性たちの多くは、こうしたグループを通じてパートタイムの仕事として割引料金で美容サービスを提供し、家族を養っていました。「しかし一方で、新しい土地において無力であることは恐ろしい状態です。少なくとも、髪を整えることだけでもできれば、女性たちの心の負担は軽減されます。」

起業家としての考え方を活かし、これまでの経験をもとに需要と供給を結びつける「ウクライナ難民のためのウクライナ難民によるサービスのマーケットプレイスの開拓」というアイデアが生まれました。

リアシェンコさんは、ローコード技術を使って、美容や家事サービスを提供したり、検索したりすることのできるモバイルアプリを独自に開発しました。このアプリは、難民や地元の人々が必要な人材にアクセスするのを助けるだけではなく、ウクライナ難民がサービスを提供できる場をつくり、家族を養うこができるようにしたアプリでもあります。

ウクライナの女性起業家に向けて、「勇気をもって、強くなければならない」とリアシェンコさんは言います。「もし、真実があなたと共にあると感じることができれば、そしてあなたが本当にそれを必要とするならば、すべては上手くいくでしょう」。

BOOSTで他国の専門家や参加者と一緒に仕事をすることで、事業についてより深く考えられ、その影響力や規模を実感し、視野がかなり広がったとリアシェンコさんは話します。また、将来的にはこのプロジェクトの地理的な範囲を広げて、独立したビジネスとして発展させたいと考えています。それは、経済成長を支え、働きがいのある人間らしい仕事を提供するだけではなく、ウクライナの起業家や地元の人々にとって新しいビジネスの可能性に貢献することにもなるはずです。

 

 

フリスティナ・ディドゥク
ArrowStone Flowers

2022年2月23日のその日、フリスティナさんはウクライナの顧客のためにポーランドでチューリップを満載したトラックで配達をしているところでした。しかし、戦争が始まったことで、彼女は家に帰ることができなくなったのです。

過去に監査役として働いていた経験のあるフリスティナさんは、途中でキャリアパスを変更しています。「90年代に母が花屋を経営していたこともあり、子どもの頃から花がとても好きでした。人生のある時点で、自分の直感と情熱である花の道に進むことを決意しました。」そこで彼女は、ウクライナ西部のリビウを拠点に、ウクライナの小規模な花屋がオランダの花市場に直接注文できるようなB2B(Business to Business:法人間取引) の会社を共同で設立したのです。花業界で10年以上の経験を持ち、広範なパートナーネットワークを持っていましたが、戦争によりゼロからのスタートとなりました。

「私は、幅広く調査を行い、売買や競売にも参加し経験を積みました。その結果、市場には所得分配の不平等がある事がわかりました。仲介業者やオークションの価格設定によって、花の生産者は最も低い報酬しか得られないのです。また、栽培量がすくないため地元の生産者が市場に参入できないことも多いのです」とフリスティナさんは説明します。さらに、花は私たちの想像をはるかに超える距離を移動するため、CO2排出量とコストが増加し、またその結果花の4分の1が消費者の手元に届く事なく捨てられてしまうのです。

この課題点に気がついたフリスティナさんは「地元消費 (Buy Local)」の原則に基づき、花市場の全ての事業者を繋ぐスタートアップであるLYSTVA(「葉」の意味)の構想を打ち出しました。このマーケットプレイスにより、小規模農家は自分たちの花を花屋や消費者に直接販売することができるようになりました。また、新鮮な花を生産地近くで購入することで、花の寿命が延び、輸送費も削減されるため、CO2排出量を最小限に抑え、持続可能な社会へ貢献することができます。

フリスティナさんはこのアイデアと共に、BOOSTアクセラレーションプログラムに参加し、イノベーションのインパクトについて深く掘り下げ、メンターとともに学び、プロフェッショナルとしての成長を追い求めています。BOOSTは、常に向上を求めるチャレンジングな環境であると表現しています。

自分が立ち上げたArrowStone社の未来を想像しながら、フリスティナさんは「よりアクセスしやすい知識は、より強い競争力をもたらします。」と言います。自分のスタートアップとLYSTVAマーケットプレイスの成長を促進しながら、他の企業が独自のフラワープロジェクトを立ち上げるのをサポートするつもりです。この秋、フリスティナさんの夢の一つが実現します。11月末にエストニアのタリンで、花の世界に関心がある人なら誰でも参加できる国際会議を立ち上げるのです。

 

 

オレーナ・カシアン
OK TOWN

カシアンさんは、ウクライナの新しい場所を探索し、地元のエンターテイメントスポットを開拓するのが好きで、特にアウトドア・アクティビティが含まれる場合はなおさらです。しかし、ウクライナの観光インフラは均等に整備されておらず、現在は戦争による影響を大きく受けています。「最近新しい街に引っ越してきたとします。もしくは、訪れたばかりの街で、その街について何も知りません。その街でどんな楽しみがあるか探すため、地元のガイドが必要でしょう。そこに、もしOK TOWNのようなデジタルアプリがガイドしてくれて、今日はなにをするか探せたらどうでしょうか。」

たとえ、サービスがあったとしても、見つけることは困難です。地元の人、新規参入者、観光客向けのオファーを宣伝できる、企業が利用できるような包括的なプラットフォームは1つもありません。2021年半ば、カシアンさんたちはウクライナの観光を促進するためのスマートフォンアプリの開発に着手しました。ウェブ版の立ち上げや、信頼できるパートナーシップの構築は、プロジェクト初期の節目となりました。チーム全員がボランティアで活動しているため、開発のスピードは大幅に遅れています。しかし、ウクライナの観光デジタルインフラを構築したいというチームの願いは変わりません。戦争の勃発により、ウクライナでの開発は停滞していますが、戦争が終わった後のために、ウクライナの観光促進のためのプラットフォームの構築準備を水面下で進めています。

BOOSTを卒業したばかりのカシアンさんは、クラウドファンディングのスキルアップとイノベーションのインパクト分析に力をいれています。「クラウドファンディングは、資金だけではなく、コミュニティを形成するものです。」共用運営の文化を促進し、観光の発展に人々を取り込むために、地域コミュニティーとの関わりを大切にしています。この事業が地域社会や中小企業に与える影響は計り知れないとカシアンさんは強調します。また、近隣の博物館、美術館、非営利団体などが、自分たちのサービスをアピールし、様々な都市部に観光客を呼び込むきっかけにもなります。まずは、ウクライナ語でアプリをリリースし、その後翻訳機能を搭載する予定です。そして、スロバキアとルーマニアでサービスを拡大し、パートナーシップを構築する予定です。カシアンさんは、このアプリを通して人々が自分に合ったイベントや場所、アクテビティを見つけ、地元や地域の観光を促進するのに役立つと信じています。

「忍耐強く」とカシアンさんは他の女性イノベーターにアドバイスしました。「アイディアがどんなに良くても、建設的なフィードバックで修正を重ね、最終的にはアイデアが変化することもあります。しかし、その変化を恐れてはいけません。」

 

 

イローナ・ヴァラヴァ
Film-U-Box

ヴァラヴァさんは、テレビでキャリアを積んだ経験豊富なジャーナリストです。2018年、彼女は映画制作スタジオに招かれ、動画の「生きた背景」として使われるフィルム・テンプレートを撮影しました。それから間もなく、「人々に映画俳優のようになって演技をするチャンスを提供する」という自分のアイデアを実現するチャンスだと考え、政策チームに参加しました。

しかし、そのような撮影を素早く、アクセスしやすく、かつコストをかけずに行うにはどうすれば良いのでしょうか。そこで、彼女たちのスタジオは数秒で自動撮影と編集ができる技術的な解決策を見出しました。それから1年後、ウクライナのチームは、イスラエルの同僚とともに、映画を撮影し、すぐに編集できる初のロボット「Film-U-Box」を開発しました。利用者は、映画に自分が主役として参加できるのです。あらかじめ収録されている映画の企画を選び、撮影エリアに入り、映像と音声の支持に従ってリハーサルを行い、1シーンずつ演じていきます。フィルムボックスは瞬時に短いビデオクリップを撮影・編集し、利用者のスマートフォンに送信します。

このスタートアップはB2Bにフォーカスしています。フィルムボックスは、顧客を惹きつけ、楽しませることに関心のある様々な企業が購入することができ、Film-U-Boxチームはハードウェア、ソフトウェア、サービスサポートを担当します。現在、キエフの空爆を生き延びたフィルムロボットは1台のみとなってしまいました。ヴァラヴァさんは、「Film-U-Boxを動作させるためのコーディングプログラムが最も貴重なものです」と言います。3平方メートルのスペースとインターネット環境さえあれば、どこでも誰でもFilm-U-Boxを設置できるとイローナさんは考えています。

「私たちの活動は、戦争によって中断してしまっています。今回、UNDPのBOOSTプログラムへの参加を機会に、事業を練り直しました。競争上の優位性を慎重に検討し、様々な市場について学び、製品の価格を見直し、新たに強力で有意義なパートナーシップを形成することを目指しています」とヴァラヴァさんは話します。「私は、このプロジェクトの社会的影響と、国外に逃れたウクライナ人をどのように支援できるかを考えるのに、多くの時間を費やしました。私たちのフィルムボックスは、エンターテイメントだけでなく、ストレスを解消し、カメラ恐怖症を克服し、幸せな瞬間を撮影する機会を提供します。」

ヴァラヴァさんは、この製品が将来、ギャラリーや美術館で教育目的に使われることを期待しています。「想像してみてください。文字通り美術館の展示に『入り』、あるいは『絵の中に入っていく』あなたの姿を。」

BOOSTの修了生は、ビジネスをすることは楽しく、意味とインパクトがあることだと信じています。決してあきらめることなく、何度でも挑戦することが大事です。そして、自分自身と他者への配慮と優しさを持つ事が大切であると彼女らは訴えます。この瞬間にも、イノベーションが世界を変え、女性の力を高めることで、私たちはより多くのことを成し遂げることができるのです。

 


 

BOOSTとは?

BOOSTは、国連開発計画(UNDP)により、スロバキア共和国財務省とコチ財閥(Koç Holding) が出資・支援する、欧州・中央アジアを中心とした社会的インパクト・イノベーターのための地域活性化プログラムです。

BOOST: Women Innovatorsは、2022年2月に発足。ヨーロッパ・中央アジア地域全体の女性イノベーターを巻き込み、イノベーションとテクノロジーを活用し、ジェンダー平等を推進、ジェンダー・デジタル・デバイド(デジタルにおけるジェンダーの格差)を解消することを目的としたものです。

参加者は、インパクトを軸としてイノベーションを再構築して実施する方法、リーチと可視性を高める方法、資金やその他のリソースを引き付ける新たな方法、長期的なパートナーシップを確立して育成する方法について学びました。