第4回 キルギス発「平和と開発」の現場レポート

キルギスの誘拐婚

2018年7月18日

©️UNDPキルギス

国連開発計画(UNDP)キルギス共和国事務所の二瓶直樹です。キルギスに赴任してから約1年半が過ぎました。前回の記事では、キルギスの大統領選挙の支援を紹介しましたが、その後今日に至るまで、キルギスでは新大統領への体制移行が進み、民主主義の更なる発展のための国家による努力が続けられております。今回は、キルギスで最近起こったとある出来事と、UNDPキルギスによる支援について紹介したいと思います。

日本国内でキルギスという国は、知名度がかなり限られている中、旧ソ連の元社会主義の国、中央アジアにある国、さらに中央アジアのスイスと呼ばれることからも山々や湖などの自然が豊かな国というイメージで知られています。これに追加して、ネガティブな印象ですが、「誘拐婚(kidnapped marriage)」が知られていると思います。何年か前に日本人のジャーナリスト・写真家がキルギスの地方部における誘拐婚について、その現場を女性の視点から取材し分かった実態が、出版物や写真展を通して紹介され、日本国内でも話題になりました。

5月27日、キルギスの首都ビシュケクの郊外チュイ州にて、29歳の男性に誘拐され結婚を強要された女性が、取調べ中の警察署の中でその誘拐犯の男に殺害される非常にショッキングな事件が起こりました。被害者の女性は婚約者を持つ若い20歳の医学生でした。女性は、殺害されたその男性から4月に、一度誘拐未遂に合いながらも家族の助けで、住居を親族がすむ別の場所に移すなどしながら、誘拐されないよう生活していた中起きた事件で、キルギス国内で大きなセンセーションを起こしました。

この事件を受けて、6月6日首都ビシュケクの広場で1000人以上の市民団体や学生・女性グループによる抗議デモが行われました。デモの参加者たちは「誘拐婚への反対」や「少女たちに幸せになるチャンスを与えよ」といったスローガンのポスターを掲げました。5月30日、国連キルギス事務所(UNDPなどのキルギスに駐在する国連機関合同にて)は、今回の事件は「脆弱な人々に対する人権侵害、未成年や強制的な結婚は人権侵害であり極めて遺憾」との声明を出しました。また、ジェエンベコフ大統領からも、警察の対応の不備を含め、激しい非難の声が上がっています。国連による情報では、キルギスにて、24歳未満の女性の13.8%が誘拐犯との結婚を強いられている状況となっています。

キルギスの地方・農村部では、男性中心社会の中、誘拐婚が数多く発生しており、事件が起こるたびに度々と問題視されます。しかしながら、誘拐婚に直面したことのある多くの女性は断ると地域社会の目が厳しく生きていくことが難しいなどの理由から、受け入れざるを得なかったり、または警察等に通報しても十分な対応をしてもらえないなどのケースもあると聞いています。

誘拐婚が地方などで根強い一つの理由は、キルギスでの結婚は公的な役所での手続きを経ずしても、イスラム教の慣行として、地元の宗教指導者による結婚が認定されてしまうことにあります。この慣行により、誘拐婚や未成年者の結婚が多くあり、これらの行為は女性の権利への侵害や女性への暴力的な行動にも繋がるもので何らかの社会的な対応が必要とされています。UNDPキルギスでは法の支配・ガバナンス支援の中で、2016年に未成年者の結婚を禁ずる法律の起草を支援しました。この支援の中では、国会(議員)のみならず、教育科学省などの政府機関、地方自治体、市民社会団体、宗教指導者など全国で多くの啓蒙事業を実施しました。

これらの支援が功を奏し、キルギスの国会ではUNDPが支援した法案が成立し、未成年者の結婚は禁じられることになりました。これは女性により自分の人生を選択する権利の保護に貢献し、教育を受けたり、職業についたり、女性による社会への参画・進出にも繋がるのです。

今回の事件を通して、キルギス国内に限らず、現代における習慣、それが人権に与える影響やジェンダー間の格差、さらにはその社会・経済発展への影響など、多くの開発課題とのつながりを考える契機になったのではないかと考えます。また、UNDPや国連機関はこのような問題に対して、日々の活動を通して取り組んでおります。


二瓶直樹 | UNDPキルギス共和国事務所 兼 キルギス国連常駐調整官事務所 平和・開発担当顧問

2003年に国際協力機構(JICA)入構以降、開発途上国における政府開発援助(ODA)に従事。2006-2009年JICA本部基礎教育グループ、2009-2012年JICAウズベキスタン事務所駐在員、2012-2015年UNDPニューヨーク本部対外関係・アドボカシー局日本連携アドバイザー、2016年JICA本部中央アジア・コーカサス課主任調査役を経て2017年1月より現職。早稲田大学大学院社会科学研究科修士卒。

動画:若年・強制婚に団結して反対しよう!(英語)

動画:未成年・誘拐婚にノー(英語)

動画:誘拐婚(英語)